2011年7月16日のブックマーク (2件)

  • 暴言と知性について - 内田樹の研究室

    復興相が知事たちに対する「暴言」で、就任後わずかで大臣を辞任することになった。 この発言をめぐる報道やネット上の発言を徴して、すこし思うことがあるので、それについて書きたいと思う。 松大臣が知事に対して言ったことは、そのコンテンツだけをみるなら、ご人も言い募っていたように「問題はなかった」もののように思われる。 Youtube で見ると、彼は復興事業は地方自治体の自助努力が必要であり、それを怠ってはならないということを述べ、しかるのちに「来客を迎えるときの一般的儀礼」について述べた。 仮に日語を解さない人々がテロップに訳文だけ出た画面を見たら、「どうして、この発言で、大臣が辞任しなければならないのか、よくわからない」という印象を抱いたであろう。 傲慢さが尋常でなかったから、その点には気づいたかもしれないが、「態度が大きい」ということは別に政治家が公務を辞職しなければならないような

  • 新渡戸稲造が訴えた「野球害悪論」。現代の野球と、敵を欺くプレーの是非。(小関順二)

    1911(明治44)年8月29日、東京朝日新聞は「野球とその害毒」という一大キャンペーンを展開した。その幕開けに登場したのが五千円札でもおなじみの教育者、当時一高(東京大学教養学部の前身)の校長だった新渡戸稲造だった。 新渡戸一高校長談 ・野球は賤技なり剛勇の気無し ・日選手は運動の作法に暗し ・場の米国すでに弊害を嘆ず ・父兄の野球を厭(いと)える実例 巾着切の遊戯 私も日の野球史以前には自分で球を縫ったり打棒(バット)を作ったりして野球をやったこともあった。野球といふ遊戯は悪くいえば対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、塁(ベース)を盗もうなどと眼を四方八面に配り神経を鋭くしてやる遊びである。ゆえに米人には適するが英人やドイツ人には決して出来ない。(後略) 「野球とその害毒」は一般に「野球害毒論」と呼ばれ、この日より22回にわたって連載される。悪意に満ちたキャンペーンは安部

    新渡戸稲造が訴えた「野球害悪論」。現代の野球と、敵を欺くプレーの是非。(小関順二)