ブックマーク / bunshun.jp (2)

  • (2ページ目)高畑勲を失った宮崎駿は、どこへ向かうのか | 文春オンライン

    2人がタッグを組んで全力を傾けた「ハイジ」と「三千里」 一例を挙げれば、「三千里」の第7話、アルゼンチンで働く母親からの連絡と仕送りが途絶えたことでマルコの家は困窮し、海辺の古いアパートに引っ越さざるを得なくなる。 マルコは父親から「今度の家は海がよく見える」と聞いていたが、実際に越してみると、アパートの最上階なのに、林立する他のアパートにさえぎられて、海はほんの少ししか見えない。失望をかみ殺したマルコは、少しでも海がよく見える場所を探そうと屋根伝いに歩き始める。海の向こうには母がいる。「海の見える場所を探す」のは、やがてマルコが母を探す旅に出ることの暗示であり、かつ「希望を求めて歩み出す」ことの暗喩に他ならない。 この場面、宮崎による高低差を活かした絶妙のレイアウト(各シーンの構図や人物配置、キャラクターのポーズ・表情などを定めた「アニメ映像の設計図」)のおかげで、マルコはただ歩いている

    (2ページ目)高畑勲を失った宮崎駿は、どこへ向かうのか | 文春オンライン
    bluestrip
    bluestrip 2018/05/21
    "「美しい自然の中での、天真爛漫な少女の物語」である「ハイジ」の次に挑んだのは、「自意識過剰で生意気で、感情移入しづらい少年」を主人公とする「イタリアのネオリアリズム映画調」のリアルでハードな物語"
  • 中国「ネトゲ廃人村」元住民が語る“本物のクズ”の生活 | 文春オンライン

    近年、中国ではスマホを使ったQRコード決済が市井の屋台や菜っ葉売り市場まで普及し、シェア自転車など新たなサービスも生まれている。そうした新時代の中国ITイノベーションの一大拠点となっているのが、広東省深セン市だ。 もっとも、いまをときめく深センは輝かしい繁栄の陰に広がる闇も深い。郊外の龍華新区にある景楽新村一帯(現地にある職業斡旋所の名を取って「三和」と呼ばれる)には、デジタル工場で働く短期労働者や流れ者の若者が集まるサイバー・スラム街があり、わずかなカネをインターネットゲーム(ネトゲ)やギャンブル・性風俗などの刹那的な娯楽に費やして明日なき日々を送っている。 故郷の親族とのつながりが断絶し、劣悪な環境の安宿やネットカフェに泊まり続けて自堕落な生活を送る彼らは、いつしか中国のネット上で「三和ゴッド」(三和大神)と呼ばれるようになった。私は彼らについて調べるうちに現場をどうしても見たくなり

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    bluestrip
    bluestrip 2017/08/09
    今の時代のビート文学みたいなの作れるのでは、これ
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