タグ

歴史に関するbonvoyage4649のブックマーク (2)

  • 河村市長“南京事件発言”を考える:日経ビジネスオンライン

    ちょっと扱いづらいテーマをあえて取り上げて見ようと思う。1937年12月に中国江蘇省の南京市で起きた「南京事件」である。 河村たかし・名古屋市長が江蘇省南京市の訪日団の表敬訪問に対して、「南京事件はなかったのではないか」と発言したことが、波紋を広げている。中国側から非難の声が上がるのは当然としても、日国内で河村市長に発言を撤回し謝罪することを求める圧力が強いのに少々驚いた。 政治家として、公式に外国の訪問団相手に歴史認識について発言したことを簡単に撤回し謝罪しては、その政治生命はおろか、日中間にある数々の交渉事にマイナスの影響を与えかねない。撤回するときは政治家を辞める覚悟が必要だ。しかも個人が辞めて済む問題ではなく、中国側に高い外交得点を与え、ほかの日中間の交渉事、たとえば、河村市長が否定的な見解を示す中国総領事館への国有地払い下げ問題なども、中国に有利なように動くかもしれない。それだ

    河村市長“南京事件発言”を考える:日経ビジネスオンライン
    bonvoyage4649
    bonvoyage4649 2012/02/29
    この問題については、長い間進展がないように思う。「正しい」「正しくない」ではなく、この問題を収束させるという意識を持ってほしい。そのためには、記事にある討論会なんかは前向きな話だと思う。
  • 東日本大震災と阪神・淡路大震災の真の教訓東京一極集中・地域間競争から協力・共創の時代へ――池田清 神戸松蔭女子学院大学教授

    東日大震災の歴史的位置 歴史の教えるところによれば、大災害は、その時代の政治や経済、社会が抱える矛盾や質を露呈させるとともに、大きな政治変動、経済変動、社会変動の引きがねとなっている。たとえば1855年に起きた安政地震は、その後の徳川幕府の総合的な復興対策の失敗と、ペリーの浦賀来航という外圧とも重なり幕府倒壊の契機となった(注1)。さらに関東大震災(1923年)は、第一次大戦後の不況とあいまって社会、政治、経済不安を煽った。なかでも朝鮮人大虐殺、社会主義運動の取り締まり、戒厳令による言論、表現の自由に対する弾圧などの一連の諸事件は、その後の治安維持法や1929年の大恐慌という経済混乱のなかで太平洋戦争へ突入するという日の動向に重大な影響を与えた。 また戦前の軍国主義から戦後の平和と国民主権の憲法体制への転換は、戦災と広島・長崎被爆などの大災害という幾多の苦難を経て得られたものである。

  • 1