「気宇壮大な力作」。戦後の個人と社会全体の空虚感の源に迫る作品は、文芸誌「文芸」で連載を終えたときから、各紙の文芸時評で高く評価された。 「戦後の問題が、今の私たちにも影響を及ぼしていると直感があった。どのような形で書けるのかを長い間、模索していました」 2009年、45歳になった私に、15歳のときの私から電話が掛かった。米国の高校に留学していた私は、心細げに「ママ」と電話口でつぶやく。その声をきっかけに、ライフルで鹿を撃つ米国の同級生たち、確固たる<I>を求める社会への違和感……。様々な記憶の断片が呼び起こされる。 物語には、体験が色濃くにじむ。東京・杉並で1964年に生まれ、中学時代の受験勉強に拒絶反応を起こし、挽回のため米国の高校に入学。だが「何が自由で、自由ではないのか。そのルールさえ分からなかった」。再び不適応を起こし、日本の高校に入り直した。 挫折感が残り、生きづらさが募った。