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  • 「心の闇」と動機の語彙 犯罪報道の一九九〇年代 | - 鈴木 智之(著)

    紹介神戸連続児童殺傷事件など、1990年代の犯罪事件の新聞報道を追い、「心の闇」という言葉が犯罪や「犯人」と結び付くことで、私たちの社会に他者を排除するモードをもたらしたことを明らかにする。そのうえで、他者を理解し関係を再構築していく方途を示す。 目次はじめに 第1章 「心」を「闇」として語るということ 1 犯罪報道と秩序意識 2 「動機の語彙論」という視点 3 動機をめぐる問いの焦点としての犯罪 4 「逸脱の文化」の消失と「心の闇」言説の浮上――一つの仮説的視点 5 「動機規則」の適用――理解可能なものと不可能なものの一線を引く行為 第2章 「心の闇」の浮上――酒鬼薔薇事件(一九九七年)までの新聞報道から 1 「闇」として語られ始めた「心」 2 露出する闇――地下鉄サリン事件(一九九五年) 3 解き明かされざる「闇」――酒鬼薔薇事件(一九九七年) 4 「心の闇」の修辞学 第3章 「動機」

    「心の闇」と動機の語彙 犯罪報道の一九九〇年代 | - 鈴木 智之(著)
    bronson69
    bronson69 2013/12/09
  • 第5回 映画にみる文化系女子の恋愛事情 | 青弓社

    真魚八重子(映画文筆業。「映画秘宝」「キネマ旬報」「TRASH UP」ほかで執筆多数) いま、アサラー、アラフォーの女性たちに「恋愛したいですか?」と単刀直入に聞いて、間髪あけず「したいです!」と答える人はどのくらいいるだろう。意外と、一瞬グッと言葉につまってしまうことが多いんじゃないだろうか。たぶん、恋人が欲しい人たちでも大意として「まともな人ならいいけど……」という断りを入れる気がする。まあそのまともには、性格は当然ながら、文化系女子なら趣味が似ているとか、容姿やしぐさが自分の好みという意味も含まれるだろう。そしてそれなりに恋愛経験があると、大なり小なり地雷のような異性に出くわして、手痛い思いをしているから、警戒心も強くなってしまう。 十代なら、向こう見ずに恋愛に進むかもしれない。けれどいまとなっては、相手が変わり者じゃなくても、思い切って飛び込んだのにいきなり裏切られたり、付き合い始

    bronson69
    bronson69 2013/11/22
    適当な人と付き合うなんて時間の無駄、王子様なんかじゃなくていい、ただ趣味やセンスを理解してくれる人がいい。これ、女子に限った話じゃないよな。文科系男子も同じじゃないかなあ。
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