USB
世界的にヒットしているダンス音楽「タキ・タキ・ルンバ(原題Taki Taki)」に、スペイン語で「尻が長崎のように爆発」という歌詞があり、配信するユニバーサルミュージックの日本法人が不適切だと指摘した後に変更されたことがわかった。同社は「アーティストに特段の意図がなかったとはいえ、日本では誤解を招きかねなかった」と説明している。 「タキ・タキ・ルンバ」は、フランス出身の米人気ミュージシャン「DJスネイク」が手がけ、セレーナ・ゴメスなど著名スターも参加。9月下旬に配信されると、米ビルボードのラテンチャートで初登場1位を獲得した。性的な内容も含まれる詞がスペイン語と英語で歌われ、「タキタキ」と韻を踏んで「ナガサキ」「カワサキ」と日本の固有名詞が歌詞に入っていた。 だが、「ナガサキ」のくだりは原爆の被害を軽んじていると受け取れる一節になっていた。日本法人は国内でのプロモーション活動を見合わせ、米
米国が全世界に「中止」と宣言した米朝首脳会談が、わずか3日間で再び「開催」の流れになった。米朝ともに、開かれないと失うものが大きいと判断したためだ。北朝鮮は会談実現に向けた「確固たる意志」を示し、トランプ米大統領は再び前のめりになっているが、非核化をめぐる溝は依然として深いままだ。 当惑した正恩氏、韓国に「会いたい」 3日間という短い期間で、国の首脳レベルの外交がこれほど激しく動いたことがあっただろうか。 24日、トランプ米大統領が米朝首脳会談の中止を通告。25日、北朝鮮は対話の継続を主張、トランプ氏が評価。26日、南北首脳が会談、トランプ氏が予定通り6月12日に米朝会談を行うことに意欲を示す――。 こうした流れを受け、27日付の北朝鮮の労働新聞(電子版)は「6月12日に予定される朝米首脳会談」と国民に知らせた。これまで米朝会談を開くことは国内向けに伝えていたが、日程は触れていなかった。米
みなさん、ご存知でしょうか? アメリカの首都・ワシントンD.C.で、アフリカ系の市民らが集まって「職と公民権を寄こせ」「差別をやめろ」と訴えるデモを開催したんだそうです。 ほんと…お疲れ様です。 20万人が首都に集まって「職を寄こせ」ですか、はぁ…。 その時間を働いてお金を稼ぐことに使ったほうがずいぶん生産的だと思うのは私だけですかね? このデモ行進の首謀者はキリスト教の牧師だということですから、まあその時点でお里が知れるというか、胡散臭いお花畑左翼であることがバレバレですね。 この牧師くんもまだ30代前半なのですが、大学院を出て牧師となった20代のときから人権活動を始めたんだそうです。彼がリーダーとなって最初に率いたのが「市営バスをみんなでボイコットしよう」という運動。 この運動のきっかけは、ローザさんというアフリカ系の女性がバスの白人優先席に座り続けて逮捕された事件。バスのボイコットは
覚醒剤所持容疑で逮捕されたASKA(本名・宮崎重明)容疑者の曲を市役所の電話保留音にしていた福岡市は30日、保留音の変更を決めた。薬物乱用を許さぬ姿勢を強く示すべきだと判断したという。6月からカーペンターズの曲になる。 市制100周年記念に作った「心のボール」。隣市出身のASKA容疑者が作詞作曲、徳永英明さんが歌った。歌詞には未来へと生きる姿が描かれている。 市には保留音に関するメールや電話が13件届いた。8件は「25年前に作られた曲に罪はない」と擁護する意見、5件は「厳正に対処すべきだ」と変更を求めていた。 役所の内部でも両論あったが、ASKA容疑者が容疑を認めたこともあり、変更を決めたという。週末に工事をして電話システムの初期設定だった曲にする。
あの時私はホイットニー・ヒューストンだった。 部屋とワイシャツとホイットニー・ヒューストンだった。 なんでもないようなことがホイットニー・ヒューストンだった。 一日に三、四時間はホイットニー・ヒューストンだった。 最盛期には七、八時間はホイットニー・ヒューストンだった。 朝九時にはもうホイットニー・ヒューストンだった。 去年の七月末までホイットニー・ヒューストンだった。 頂き物のブルーベリージャムもホイットニー・ヒューストンだった。 アヲハタ自体もホイットニー・ヒューストンだった。 無添加だった。 居酒屋でもとりあえずホイットニー・ヒューストンだった。 とるものもとりあえずホイットニー・ヒューストンだった。 常に-既にホイットニー・ヒューストンだった。 血圧、血糖値が正常なのはホイットニー・ヒューストンだった。 唯一性癖が正常なのはホイットニー・ヒューストンだった。 交通事故で消防署に電話
4月8日に他界したサッチャー元イギリス首相をモリッシーは痛烈に振り返っている。 ニュース・サイトのデイリー・ビーストにモリッシーは公開書簡という形で寄稿し、サッチャー女史の「行動はすべてがネガティヴィティに駆られたものだった」と評し、「野蛮で」「人間性など分子ひとつ分も持ち合わせていない歩く恐怖」だったと次のように綴っている。 「サッチャーが今も鉄の女と振り返られているのはどうしてかというと、その決して屈しない頑迷さや他人に耳を絶対に貸さないというまったくもってネガティヴな気質を持っていたからに過ぎません。 サッチャーの行動はすべてがネガティヴィティに駆られたものでした。サッチャーはイギリスの製造業を破壊し、炭鉱労働者を忌み嫌い、芸術を敵視し、北アイルランドの独立擁護派を憎悪しては死なせ、イギリスの貧民を蔑視してなんの救済の手立ても考えず、グリーンピースや環境保護活動家を嫌い、ヨーロッパの
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く