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歴史とラジオに関するbuhikunのブックマーク (3)

  • 「この世界の片隅に」女子アナ・戦艦大和… 片渕監督が貫いたリアル

    原爆が落ちた後にもギャグがある 後知恵を徹底排除、タイムマシン的体験 興行の危機、クラウドファンディングが打破 11月12日公開のアニメ映画「この世界の片隅に」がヒットしています。30日夜に東京のテアトル新宿であった片渕須直監督と映画評論家の町山智浩さんのトークショーは、30分間で話題が尽きず、バーに移動してマニアックな話に。その場に記者たちも加わり、即席のインタビューとなりました。広島に原爆が落とされた日のラジオ放送が女性アナウンサーだった理由や精密な描写だった戦艦大和へのこだわりなど、片渕監督が熱く語りました。

    「この世界の片隅に」女子アナ・戦艦大和… 片渕監督が貫いたリアル
    buhikun
    buhikun 2016/12/04
    エンドロール、文化放送の女子アナが出演となっていたが、そういうことか/原爆投下後、岡山放送局がFK(広島局)を呼ぶシーンや、15日には玉音放送を発信していたことも記憶に残る。
  • 永六輔さん死去 放送界の草分け、マルチに活躍:朝日新聞デジタル

    放送作家の草分け的存在でタレント・作家の永六輔(えい・ろくすけ、名永孝雄〈えい・たかお〉)さんが死去したことが11日、分かった。83歳だった。 東京・浅草の浄土真宗の寺に生まれた。10代後半でNHKラジオ「日曜娯楽版」に投稿を始めた。早大在学中から、開局して間もないNHKテレビや日テレビの番組で台などを手がけ、放送作家として腕を磨いた。 作詞家としては、作曲家中村八大とのコンビで、日米両国で大ヒットした「上を向いて歩こう」(1961年)や「こんにちは赤ちゃん」を送り出した。いずれもNHKのバラエティー番組「夢であいましょう」から生まれた曲で、テレビ番組の企画・演出なども含めマルチな才人ぶりを発揮した。梓みちよが歌った「こんにちは~」、水原弘による「黒い花びら」はレコード大賞を受けた。 67年にTBSラジオで始めた… この記事は有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます

    永六輔さん死去 放送界の草分け、マルチに活躍:朝日新聞デジタル
    buhikun
    buhikun 2016/07/11
    「はじめての街角を曲がればそこは旅、こんばんは」の永六輔、「かろのうろん」の永六輔。大橋巨泉と黒柳徹子が気にかかる/ともかく合掌<m(__)m>
  • インターネットが出来る前って夜の時間どうやって過ごしてた?:哲学ニュースnwk

    2012年06月25日18:00 インターネットが出来る前って夜の時間どうやって過ごしてた? Tweet 1:名無し募集中。。。:2012/06/24(日) 19:00:33.61 ID:0 俺は音楽聴いてた 2: 名無し募集中。。。:2012/06/24(日) 19:00:46.59 ID:0 パソコン通信 9: 名無し募集中。。。:2012/06/24(日) 19:02:15.22 ID:0 >>2 どんだけネット好きなんだよw 3: 名無し募集中。。。:2012/06/24(日) 19:01:00.40 ID:0 ビデオ鑑賞 4: 名無し募集中。。。:2012/06/24(日) 19:01:28.73 ID:0 読書 6: 名無し募集中。。。:2012/06/24(日) 19:01:36.02 ID:0 プレステ 7: 名無し募集中。。。:2012/06/24(日)

    buhikun
    buhikun 2012/07/21
    高校時代まで、ネットはおろかウォークマンもなかったから、出先はもっぱらラジオ。オールナイトニッポンとかミスDJとか/↓日曜深夜(月曜未明)はオールナイトないんで、ABCヤンリク聴いとった北関東人(^(00)^;;
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