日本列島南西側九州島の福岡市は個人的に縁がある所だ。丁度20年前である1994年に生まれて初めて日本の領土に足を踏み入れたが、それが福岡であった。1年間九州大学で研修をして情もかなり移った。大学の国際交流センターで米国、中国、インド、ロシア、ミャンマーから来た学生たちと一緒に日本語を習い、円高に苦しめられながらも時々は中洲屋台や予備校があってできた別名「親不孝(親富孝)通り」に集まっていって一杯やった思い出が新しい。 先週、福岡を再び訪れた。今月7日から3日間開かれた第22次韓日フォーラムのメンバーとしてだった。韓日フォーラムは93年、当時の金泳三(キム・ヨンサム)大統領と細川護煕首相が慶州(キョンジュ)会談で合意して発足した両国の民間対話の会だ。今年は両国合わせて60人余りが参加した。現役議員、前職官僚、財界・学界・マスコミ界の要人が万遍なく布陣した。あえて戦争やスポーツ競技に適した布陣