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ブックマーク / www.aozora.gr.jp (7)

  • 坂口安吾 咢堂小論

  • 作家別作品リスト:大杉 栄

    文学者、思想家。「自立した個人の絶対的自由」を求める徹底した個人主義者及び社会主義者として知られる。関東大震災の際、憲兵隊にとらえられ、虐殺された。 「大杉栄」 公開中の作品 新しい女 (新字新仮名、作品ID:52157) 新しき世界の為めの新しき芸術 (新字新仮名、作品ID:46310) 石川、山口両君の入獄 (新字新仮名、作品ID:52158) お別れ (新字新仮名、作品ID:52160) 科学の不思議 (新字旧仮名、作品ID:4920)     →伊藤 野枝(翻訳者)    →ファーブル ジャン・アンリ(著者) 革命の研究 (新字新仮名、作品ID:50507)     →クロポトキン ピョートル・アレクセーヴィチ(著者) 革命の研究 (旧字旧仮名、作品ID:50263)     →クロポトキン ピョートル・アレクセーヴィチ(著者) 共産堂 (新字新仮名、作品ID:50508)   

  • 作家別作品リスト:葉山 嘉樹

    福岡県京都郡豊津村生まれ。1924(大正13)年、最初の小説『牢獄の半日』が「文芸戦線」に掲載。この短編はさして話題にのぼらなかったが、1925年に『淫売婦』、1926年に『セメント樽の中の手紙』が、同じく「文芸戦線」に掲載され、一躍注目されるようになった。さらに長編『海に生くる人々』を発表。日プロレタリア文学の記念碑的な傑作と絶賛された。 「葉山嘉樹」 公開中の作品 井戸の底に埃の溜つた話 (新字旧仮名、作品ID:1818) 淫売婦 (新字新仮名、作品ID:397) 海に生くる人々 (新字新仮名、作品ID:863) 運動会の風景 (新字旧仮名、作品ID:1113) 工場の窓より (新字旧仮名、作品ID:513) 坑夫の子 (新字新仮名、作品ID:2937) 山谿に生くる人々 ――生きる為に――(新字新仮名、作品ID:50114) 死屍をう男 (新字新仮名、作品ID:43649) 信濃

  • 森鴎外 大塩平八郎

    一、西町奉行所 天保(てんぱう)八年丁酉(ひのととり)の歳(とし)二月十九日の暁方(あけがた)七つ時(どき)に、大阪西町奉行所(にしまちぶぎやうしよ)の門を敲(たゝ)くものがある。西町奉行所と云ふのは、大阪城の大手(おほて)の方角から、内町通(うちほんまちどほり)を西へ行つて、町橋(ほんまちばし)に掛からうとする北側にあつた。此頃はもう四年前から引き続いての飢饉(ききん)で、やれ盗人(ぬすびと)、やれ行倒(ゆきだふれ)と、夜中(やちゆう)も用事が断(た)えない。それにきのふの御用日(ごようび)に、月番(つきばん)の東町(ひがしまち)奉行所へ立会(たちあひ)に往(い)つて帰つてからは、奉行堀伊賀守利堅(ほりいがのかみとしかた)は何かひどく心せはしい様子で、急に西組与力(にしぐみよりき)吉田勝右衛門(かつゑもん)を呼び寄せて、長い間密談をした。それから東町奉行所との間に往反(わうへん)して

  • 福沢諭吉訳 アメリカ独立宣言

    千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州 独立ノ檄文 人生已(や)ムヲ得ザルノ時運ニテ、一族ノ人民、他国ノ政治ヲ離レ、物理天道ノ自然ニ従テ世界中ノ万国ト同列シ、別ニ一国ヲ建ルノ時ニ至テハ、其建国スル所以(ゆえん)ノ原因ヲ述ベ、人心ヲ察シテ之ニ布告セザルヲ得ズ。 天ノ人ヲ生ズルハ億兆皆(みな)同一轍ニテ、之ニ附与スルニ動カス可カラザルノ通義ヲ以テス。即(すなわ)チ其通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ、他ヨリ之ヲ如何トモス可ラザルモノナリ。人間(じんかん)ニ政府ヲ立(たつ)ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメ初(はじめ)テ真ニ権威アルト云フベシ。政府ノ処置、此趣旨ニ戻(もと)ルトキハ、則(すなわ)チ之ヲ変革シ或ハ之ヲ倒シテ、更ニ此(この)大趣旨ニ基キ、人ノ安全幸福ヲ保ツベキ新政府ヲ立ルモ亦人民ノ通義ナリ。是レ余輩ノ弁論ヲ俟(ま)タ

  • 石川啄木 時代閉塞の現状 (強権、純粋自然主義の最後および明日の考察) - 青空文庫

    一 数日前欄(東京朝日新聞の文芸欄)に出た「自己主張の思想としての自然主義」と題する魚住氏の論文は、今日における我々日の青年の思索(しさく)的生活の半面――閑却(かんきゃく)されている半面を比較的明瞭(めいりょう)に指摘した点において、注意に値(あたい)するものであった。けだし我々がいちがいに自然主義という名の下に呼んできたところの思潮には、最初からしていくたの矛盾(むじゅん)が雑然として混在していたにかかわらず、今日までまだ何らの厳密なる検覈(けんかく)がそれに対して加えられずにいるのである。彼らの両方――いわゆる自然主義者もまたいわゆる非自然主義者も、早くからこの矛盾をある程度までは感知していたにかかわらず、ともにその「自然主義」という名を最初からあまりにオオソライズして考えていたために、この矛盾を根柢まで深く解剖(かいぼう)し、検覈(けんかく)することを、そうしてそれが彼らの確執

  • 将棋の鬼 (坂口 安吾)

    小説家。名は炳五(へいご)。新潟市西大畑町に生まれる。幼稚園の頃より不登校になり、餓鬼大将として悪戯のかぎりを尽くす。1926(大正15)年、求道への憧れが強まり、東洋大学印度哲学科に入学するも、過酷な修行の末、悟りを放棄する。1930(昭和5)年、友人らと同人雑誌「言葉」を創刊、翌年6月に発表した「風博士」を牧野信一に絶賛され、文壇の注目を浴びる。その後、「紫大納言」(1939年)などの佳作を発表する一方、世評的には不遇の時代が続いたが、1946(昭和21)年、戦後の質を鋭く把握洞察した「堕落論」、「白痴」の発表により、一躍人気作家として表舞台に躍り出る。戦後世相を反映した小説やエッセイ、探偵小説歴史研究など、多彩な執筆活動を展開する一方、国税局と争ったり、競輪の不正事件を告発したりと、実生活でも世間の注目を浴び続けた。1955(昭和30)年2月17日、脳溢血により急死。享年48歳

    将棋の鬼 (坂口 安吾)
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