世の中にあふれる本の数々。どんなに読書好きであっても、その存在すら知らないような珍書(大作家の意外な作品、奇天烈なストーリー)はゴマンとある。そ んな「珍書」の蒐集に情熱と財産をつぎ込む古書山たかし氏が、目からウロコの珍書探訪記をお贈りする。連載タイトルの「稀珍快著探訪」は、大正時代に活躍 した、主に医学的見地に基づく奇譚の収集家・田中香涯の古今の珍談を集めた奇書『奇・珍・怪』にあやかってつけた。さあ、稀珍快著の世界へ行ってみよう! 今回紹介するのは吉川英治の作品『恋山彦』である。吉川英治(1892-1962)は江戸川乱歩(1894-1965)と並び、大正・昭和の大衆文学の頂点に屹立する巨星として知られる。幼少期、青年期は父親の事業の失敗、家族の不和などもあり、小学校を中退し、色々な職業を転々とするといった苦労を重ねたが、その時に培った人間観察眼は後の作家としての大成に大きく寄与することと