2006年8月26日のブックマーク (1件)

  • 教育格差と教育の公共性 - 今日行く審議会

    デイヴィッド・F・ラバリーは、「脱出不能‐公共財としての公教育」の中で次のように述べている。 教育における公益は、個々の消費者の私益の総体には還元できない。というのは、私益を追求する個人を全部集めても、誰も他人の子どもの教育を省みようとすることにはならないからである。学校システムが個々の消費者に私的財を提供するという圧力に晒されているなら、すなわち、よい仕事や社会的地位や快適な生活といった私的財の獲得競争において有利な立場に立つ機会を提供するといった圧力に晒されているなら、そのときは、教育の広範な公的便益が浸されることになろう。こうした消費者優先の学校システムは、教育経験を著しく階層化し、力のある消費者に対して、システムからの利益を勝ち取る機会を拡大することになるであろう。それは、教育システムを、勝者と敗者を作り出す選別・選抜メカニズムとしての性質の強いものにしていく。しかも、この場合、

    教育格差と教育の公共性 - 今日行く審議会
    chiaki25
    chiaki25 2006/08/26
    よい教育を受けられないということの意味。それは、「いい仕事につけなくなる」といった私的不利益の問題ではありえない。「退出するか、発言するか」問題とつながる論点もあり。