戦前の旧制中学って学校ごとのレベル差をあまり気にせずに気楽に転校する風潮があったんでしょうか(あるいはレベル差にまつわる情報が調べにくかったのでしょうか)? 宇野信夫さんという高名な劇作家の方が自著で 「実は、この土地には思い出がある。編入試験でも受けようかと〇〇中学に顔を出していた時期があった」 と書かれていました。 この"〇〇中学"というのは私の母校で、大正時代の創立から現在にいたるまで難関とかエリートとかいうふうに評されていた時期が一瞬たりともないような私学です(東大は隔年で1~2人しか受からないようなレベル)。 宇野氏は旧制熊谷中学から慶應義塾に進まれた当時のスーパーエリートにあたる方なので正直「いやそこからウチに来ちゃダメだろ……」と困惑しました。 私の在校時、古株の先生から 「実はうち出身の偉い人って結構いるんだよ。でもあんまりバレたくないのか全然表に出してない笑」 と聞いたこ

