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finalventと社会に関するd346prtのブックマーク (6)

  • うーむ - finalventの日記

    ⇒ 原油高と同じくらい深刻な「ホワイトカラーの仕事破壊」 - アンカテ ぶくまも多し⇒はてなブックマーク - 原油高と同じくらい深刻な「ホワイトカラーの仕事破壊」 - アンカテ ネットブックを見て考えるべきことは、「世界中でこれで初めてパソコンに手が届く人がどれくらいいるのだろう」ということだ。5万円のネットブックが4万5千円になった時、インドや中国などのBRICs諸国では、その5千円の違いでやっとギリギリこれに手が出るようになる人が数億人はいると思う。そういう人はみんなホワイトカラーの予備軍だ。そういう人の中で、勤勉で頭が良い人は凄いスピードでネットや経済やITについて学び、立派なホワイトカラーになる。 数億人単位のホワイトカラーの供給増加=労働の単価の低下=相対的な資源価格の高騰だ。これがこれから加速度的に進んでいくことは間違いない。 というか、それよりも最近梅田望夫さんが縷説されてい

    うーむ - finalventの日記
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    d346prt 2009/12/20
    「なんつうか、ネガコメいただいたり」kwsk
  • 今日の大手紙社説 - finalventの日記

    特になし。子供の体力がどうたらという話題は関心ない。家族のセクターに国家が口だしするのは極めて不愉快。

    今日の大手紙社説 - finalventの日記
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    d346prt 2009/01/25
    家族じゃなくて、教育の問題と思って口を出してるんだろうけどね。/家族の問題と放置しておくには、ちょっと心配になる程の体力低下だとは思う。
  • 卓見 - finalventの日記

    ⇒ある広告人の告白(あるいは愚痴かもね): 都道府県別シェアから見た広告メディアとしての新聞 私は、仕事柄もあり、新聞を含めた広告メディアを観測していますが、新聞の崩壊がもしあるとすると、それがネットに入れ替わるという意味合いではなく、折り込み広告を含めた、現状においてもネットよりも広告効率のいい巨大メディアがパンクしてしまうという意味合いだと思います。 そう思う。 (あと出版広告かな。) ただ、ちょっと自分はITメディア側に比重を置いている。 そこをちょっと言うと、その内、パソコンがなくなり、ユビキタスなツールに置き換わったとき、紙のユビキタスな性質との競合が起きる、ああ、ちょっと抽象的だけど、なので、比喩でいうと、iPhoneみたいなツールが普通の情報ツールになる(でもiPhoneはこけるよ)。そこは以前はPDFみたいな感じだったけど、PDFは紙に負けたというかそもそも紙に負けるような

    卓見 - finalventの日記
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    d346prt 2008/12/08
    纏まってなくて良く解らんけど(こちらの理解力も足りないし)、思考の断片として面白い。
  • 朝日社説 高齢者の犯罪―孤立させない手助けを : asahi.com(朝日新聞社):社説 - finalventの日記

    地域社会でもできることはある。 民生委員だけでなく、住民もお年寄りが孤立しないよう目配りする。生活に困っていないか声をかけ、生活保護など福祉への橋渡しをする。NPOの力を借りる手もある。 その現場を取材してごらん、もの凄いことがわかるから。いや、ここは端的に言っておこう。その地域社会でこうした対応をしている主体がまさに70歳近い高齢者なのだ。そしてそこが刃こぼれのような悲劇を産んでいる。もちろん、理想的なケースもある。だからそこでまた美しい物語を作られても困るのだが、全体で見れば悲惨だ。善意の人々をすり潰していくような悪魔のようなしかけにすらなっている。

    朝日社説 高齢者の犯罪―孤立させない手助けを : asahi.com(朝日新聞社):社説 - finalventの日記
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    d346prt 2008/11/21
    テレビですら、老老介護の悲惨さを報道してるのにね。/深夜のドキュメンタリーを製ってるプロダクションとは、住む世界が違うのだろうな。
  • 朝日社説 伊藤ハム―企業倫理へのきつい教訓 : asahi.com(朝日新聞社):社説 - finalventの日記

    水に落ちた犬は叩け叩けジョーな社説はしかたないが、雪印のときとはちょっと違って、伊藤ハム自体困惑していただろうな。 そもそも論をするのもなんだけど、ハムとかって大手企業で作るもんじゃなくて、肉屋が作るもんなのな。ヴァイスブルストとかね、きびしいよ。以前沖縄で通販でオーダーしたら肉屋がダメですと断ってきた。正しい肉屋だなと思った。東京だとオーダーできる。 同じそもそも論でいうとビールもそうなんだけどね。チョコレートもそうかな。きりがないけど、なんかそういう職人のお店で商店街が活性化するとかあってもよさげだけど、っていうか、きちんとした文化を持っている地域だと、そういうお店がちゃんと支援されてあったりする。メルクマールは和菓子屋かな。和菓子屋があるってことは、その地域でお茶をたしなむ人がいるということだし、贈答の風習が残っているということだから。 以前ぶくまで、引っ越し先の町の状況を知るには

    朝日社説 伊藤ハム―企業倫理へのきつい教訓 : asahi.com(朝日新聞社):社説 - finalventの日記
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    d346prt 2008/10/30
    「きちんとした食文化を持っている地域だと、そういうお店がちゃんと支援されてあったりする。メルクマールは和菓子屋かな」それだ!
  • [書評]奪われた記憶(ジョナサン・コット): 極東ブログ

    先日のエントリ「極東ブログ: [書評]転生 古代エジプトから甦った女考古学者(ジョナサン・コット)」(参照)の訳者後書きに、コットを評して「……、自らの病と記憶喪失体験をめぐる『記憶の海の上で』など、多面的な好奇心を生かした緻密な仕事が特徴的である」とあり、気になってコットの最近の作品をアマゾンを見直したら、『記憶の海の上で』は、書、「奪われた記憶 記憶と忘却への旅」(参照)という邦題でほぼ同時期に出版されていた。オリジナルは「On The Sea Of Memory: A Journey From Forgetting To Remembering」(参照)であり、05年の作品だ。有名なインタビューの復刻を除くと、比較的最近のコットの作品のようだ。 邦訳副題が「記憶と忘却への旅」とあるがオリジナル副題の直訳は「忘却から想起の旅」となる。「転生」後書きからは、病と記憶喪失が関連し、そ

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    d346prt 2008/06/04
    今更ながら、finalventさんのとこを読んでみる。こういう自己の不幸を免罪符にしないってのは、内田樹が幼児虐待やシゴキを説明するのに書いてたな。「忘れる・忘れない」逆の表現だけど、同じ意味に。
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