ブックマーク / number.bunshun.jp (5)

  • 2番は“ゲームを動かせる打順”。野球を変える「2番打者再考」論。(氏原英明)

    ゲームを動かすことができる打順」 そんな話題になったのは、西武のキャプテン・栗山巧に、打順についての話を尋ねた時だ。 栗山は'08年のシーズン、2番打者として最多安打のタイトルを獲得。1番・片岡治大(現巨人)と、3番・中島裕之(現アスレチックス)、4番・中村剛也のクリーンアップの間に位置し、日一の立役者になった一人だった。 前後の打順を考えれば、攻め方が変わってくる。 「僕の前が片岡さん、中島さんとおかわりが後ろにいる打順で、そこに挟まれて2番をやれたのは大きかったです。最初は、苦しみながらヒットを打つことを考えていたんですけど、どうやってヒットを打つかと考えたときに、流れに沿った中でプレーした方がヒットになりやすいことがわかってきました。 たとえば、片岡さんはその当時50~60の盗塁がありました。単純に考えたら、相手のバッテリーは(片岡さんの)スチールを防ごうと思って、外のまっすぐが

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    d_taok
    d_taok 2014/06/17
  • <往年のレオ戦士対談> 工藤公康×伊東勤 「ライオンズブルーは永遠に」(二宮清純)

    '82年以降の13年間で、リーグ優勝11回、日一8回。 当時の西武は、まさに“黄金時代”の絶頂にあった。 その幕開けと同時に入団した若きバッテリーは、 覇道を歩むチームの中で主力へと成長していく。 2人はいかにして王者の遺伝子を受け継いだのか。 猛き獅子の真実を知る戦友が語る、強さの秘密――。 Number850号より、黄金期の西武を支えた2人の対談を特別に全文公開します。 ――1982年、お二人は1歳違いですがドラフトの同期として西武に入団しました。この年は広岡達朗さんが監督に就任し、「西武ライオンズ」として初めて日一になった年でもあります。新人だったお二人にとって、広岡さんはどんな監督でしたか。 伊東   とにかく、距離感がある監督でしたね。まず笑わないし、すごく冷たい印象というか。必要以上の会話はされない方でした。 ――工藤さんは「坊や」と呼ばれて、ずいぶん可愛がられたんじゃない

    <往年のレオ戦士対談> 工藤公康×伊東勤 「ライオンズブルーは永遠に」(二宮清純)
    d_taok
    d_taok 2014/05/15
    ほう。
  • 中学2年、川崎がイチローを知った日。「大体おかしいじゃん、カタカナだし」(川崎宗則)

    川崎宗則が昨年の7月11日にヒーローインタビューで発した「See you tomorrow」という言葉は、あまりにキュートだと世界中にファンを生んだ。 「メジャーで最も愛される日人選手」こと、川崎宗則選手。 苦労は表に出さず、苦しい時こそ前にでる。 そんな、野球小僧の人生論がになりました。 3月26日発売の『逆境を笑え 野球小僧の壁に立ち向かう方法』より、 Number Webでは特別に、イチロー選手との出会いの項を公開します。 小学生から中学2年まで、おれは右バッターだった。 右利きだったし、右で打つのが当たり前だと思ってたからね。小学生のときは、ランニングホームランも打ったし、ヒットもけっこう打ててたと思う。 それが中学に入ったら、先輩たちより打球が遠くへ飛ばないことに気づいた。みんな体が大きいのに、おれは細くて、背もそんなに高くなかったから。中学1年のときは、バットが重くて、振れ

    中学2年、川崎がイチローを知った日。「大体おかしいじゃん、カタカナだし」(川崎宗則)
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    d_taok 2014/03/29
    ふむ
  • 浅村栄斗、打点王の先に見据える物。叱責が「レオの天才肌」を強くした。(田口元義)

    昨年はチームで2位となる14盗塁を成功させた浅村栄斗。伊原新監督の下で、昨年以上の成績を残すことができるか。 それは、5年目での大爆発だった。 3年目の2011年からレギュラーとして試合には出ていた。しかし'12年までの2年間は打率2割5分そこそこ。塁打も2ケタに到達しないような凡庸な成績だった男が、'13年になると3割1分7厘、27塁打。打点に至っては110を叩きだしてタイトルを掴むほどの、著しい結果を残したのだ。 2013年、西武の浅村栄斗は豊潤な1年を過ごした。 だからこそ、手綱をしっかりと引き締める。春季キャンプに突入した今、彼は自分に言い聞かせるようにその意図を語る。 「『今年も活躍できるかな?』って不安はありますよ。シーズンが開幕するまでは誰だって不安だと思います。しかもライオンズは、今年のドラフト1位の森(友哉)とか毎年、すごい選手がいっぱい入ってくるんで、必死にやらない

    浅村栄斗、打点王の先に見据える物。叱責が「レオの天才肌」を強くした。(田口元義)
    d_taok
    d_taok 2014/02/04
    今年も期待してるで!
  • 「遠回りしたっていいと思ってる」J2の1年は遠藤保仁の何を変えたか。(二宮寿朗)

    「J2 Most Exiciting Player」を受賞する遠藤保仁。プロ入り初の主将、宇佐美をサポートする高めのポジションなど、初体験に満ちた1年となった。 いつもの指定席に、いつもの人がいなかった。 Jリーグ年間表彰の舞台となる2013年の「Jリーグアウォーズ」。2003年から10年連続でJ1ベストイレブンに選ばれていた遠藤保仁は、壇上に並んだ11人の選手たちを外から見つめていた。 セレモニー後、そのときの気持ちをちょっと聞いてみた。フッと軽い笑みを浮かべたのちに、実に彼らしい答えが返ってきた。 「久しぶりにベストイレブンのメンツを外から見ましたけど、日人全員というのは久しぶりだし、それは凄くうれしかったですよ。それに、あそこにまた立ちたいなって思いましたね」 いつも自然体で、すべての事象を後ろ向きに捉えることなく、自分の成長につなげようとする。来年1月に34歳を迎えるベテランの変

    「遠回りしたっていいと思ってる」J2の1年は遠藤保仁の何を変えたか。(二宮寿朗)
    d_taok
    d_taok 2013/12/16
    かっこいい。
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