「TN君の伝記」 (福音館文庫 ノンフィクション) なだ・いなだ著 本書は、今年読んだ中で最も感銘を受けた本だ。1976年発行の福音館文庫で、裏表紙には「小学校上級以上」と明記されている、子どもむけの本だ。漢字には、すべてルビがふってある。だが、これほどの読みごたえがある本は、近頃すくない。 本書は明治の思想家、中江兆民の自伝である。ただし文中では終始、「TN君」とだけよばれていて、中江の名前はどこにもない。でも、ルソー『民約論 』の翻訳家で、『三酔人経綸問答』『一年有半』などの著者だとあるから、誰のことかは分かる。 中江兆民の生きた「(19世紀後半の)50年間は、ながい歴史をもった人類が、大きく生き方を変えた、まがりかどのような時代だ」(p.13)との記述で、本書は始まる。鉄道、自動車、無線電信、電話の出現、病原菌の発見と注射器の発明。そして南北戦争、社会主義の誕生・・。これが背景だ。