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歴史に関するdaidagdawnのブックマーク (18)

  • 兼業作家 - Log of ROYGB

    http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20070313#p3にある『琥珀色の戯言 -「新人発掘能力が上がる」ことの功罪』に関して。そこで取り上げられているhttp://d.hatena.ne.jp/kanose/20070312/sfnovelnewfigureの「ARTIFACT@ハテナ系 - SF小説で新人発掘能力が下がっていった理由」などにも関連しています。 「作家になりにくい時代」「デビューしにくい時代」は、「デビューできれば生き残れる可能性が高かった時代」であり、今日の「作家になりやすい時代」というのは、逆に「一度作家としてデビューしても、作家としてべ続けていくことは難しい時代」とも言えるでしょう。 http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20070313#p3 具体的な反論ではありませんが、昔も小説ではえない貧乏作家というのはいたよ

    兼業作家 - Log of ROYGB
    daidagdawn
    daidagdawn 2007/03/15
    新人発掘が下がったわけではなく,
  • 「新人発掘能力が上がる」ことの功罪 - 琥珀色の戯言

    SF小説で新人発掘能力が下がっていった理由 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070312/sfnovelnewfigure ↑のエントリを読んで。 僕はSF小説の黎明期に詳しいわけではなくて、筒井康隆フリークとして筒井康隆さんのデビュー時のエピソードを追ったことがある程度なのですけど、確かにSF小説の衰退には、「新人発掘能力」の低下があったのではないか、という気がします。もっとも、日小説界において流行した「SF小説」の多くは、「サイエンス・フィクション」というよりは、「SF風の娯楽小説」だったのではないか、とも思うんですけど。筒井さんの昔の作品なんて、今読んだら、「これって『SF』なのだろうか?」と思いますしね。 日の「SF小説全盛期」の「同人誌で認められて商業雑誌に作品を掲載されるようになる」というような経路は今はもうほとんど廃れてしまっており、今はま

    「新人発掘能力が上がる」ことの功罪 - 琥珀色の戯言
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    daidagdawn 2007/03/15
    コンテスト全盛の時代
  • そのようにしてライトノベルは終息していく - 万来堂日記3rd(仮)

    とくめー雑記(更新記録) -  SF業界☆めった斬り! こういう考えの人が多数派になったり、大きな発言力を持つようになったりした時が来たとする。それは残念ながらライトノベルが終焉を迎える時だろう。 勢いがあり、結果も残しているムーブメントが終わるのは悲しいことであるから、できればそうなって欲しくはないものだ。 「SF」というジャンルに悪い形でこだわることの悪影響は感じているようなのに、「ライトノベル」というジャンルに悪い形でこだわる悪影響はまったく感じていない、というか自覚していないように読めてしまうのである。 てかまあ、実は私自身は楽観的だけどね。 こういう人、全然少数派だろうし。 こういう人が少数派であるとは言いがたかった日SFですら、生き残ってるしねぇ(笑)。 ついでに書いておこう。 私はライトノベルの良きファンとは言いがたいのだけれど、外野席の一SFファンから見るとライトノベル

    そのようにしてライトノベルは終息していく - 万来堂日記3rd(仮)
    daidagdawn
    daidagdawn 2007/03/15
    ライトノベル→新人発掘能力
  • 新人の出てくる場所は、競争の激しい場所か、何をやってもいい場所かのどちらかだ - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

    以下のところを見て考えた。 →ARTIFACT@ハテナ系 - SF小説で新人発掘能力が下がっていった理由 コメント欄にあったけど「SF全盛期は書く場所がなかったからみんなSFにいった」というのはありそう。 →万来堂日記2nd - そのようにしてライトノベルは終息していく 私はライトノベルの良きファンとは言いがたいのだけれど、外野席の一SFファンから見るとライトノベルの強さってのは、その卓越した新人発掘能力に負うところも大きいと思うのである。 →とくめー雑記(更新記録) -  (A-3)SF業界☆めった斬り! 彼等は20年間、ひたすら自家中毒を深めていっただけに過ぎないのでしょうか。 SFが読まれていた時代から、読まれなくなった時代を回顧してみると、ぼくの知り合いなんかはSFを離れて(ジャンルで読まないで)面白いを読むようになってましたね。フリーマントルだったり(それは古すぎるかな)、北村

    新人の出てくる場所は、競争の激しい場所か、何をやってもいい場所かのどちらかだ - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
    daidagdawn
    daidagdawn 2007/03/14
    「今のSFを含むライトノベル業界って」
  • SF小説で新人発掘能力が下がっていった理由 - ARTIFACT@はてブロ

    万来堂日記2nd - そのようにしてライトノベルは終息していく 私はライトノベルの良きファンとは言いがたいのだけれど、外野席の一SFファンから見るとライトノベルの強さってのは、その卓越した新人発掘能力に負うところも大きいと思うのである。 実は、日SFが「冬の時代」を迎えたとされる90年代、SFに一番欠けていたのがこの要素だった。 というのに対して「新人発掘能力はどうやって下がっていくんだろうか」と書いたら、 万来堂日記2nd - kanoseさんの宿題は、私よりもひとつ上の世代に答えて欲しいっすね と言われてしまった! 識者の意見を聞きたいところだ。 新人のデビューの経由も分析すると面白いかもしれない。ファンダムでの活動で見出されたとか、普通に投稿で受賞したとか。 コメント欄にあったけど「SF全盛期は書く場所がなかったからみんなSFにいった」というのはありそう。時代が進むにつれて、才能

    SF小説で新人発掘能力が下がっていった理由 - ARTIFACT@はてブロ
    daidagdawn
    daidagdawn 2007/03/12
    SFは何故盛り下がったのか
  • COOL ONLINE - JAPAN - JAPAN ONLINE

    Ukai, or cormorant fishing, is a captivating and ancient Japanese tradition that dates back over 1,300 years. This unique fishing technique, practiced along several rivers in Japan, combines history,...

  • 【雑記】あえてリンクしないわ、リンクしたら損だから - ふぬけ共和国blog

    なんかどこやらで大森望がラノベについて書いていることに対し、 「SF者がラノベに口出すんじゃねー」みたいな一文があるのをどっかのブログを読んで、 まあいかにも「釣り」っぽいというか人その意識なくてもそうとられますわね。 リンクはしません。以下のテキスト読んで賢くなってもらったら、こっちが損だもん(笑)。 でもタンカ切るにしても、さすがにもうちょっと勉強した方がいいと思うよ。 ・第1部 確かに、日活字SFは一時期ダメだったし、日活字SFシーンがダメだった時期はある。 しかし、「現在、日にSFは無い」というのはコメント欄も含めてあまりにもひどい言いぐさだ。 SFを語るときの混乱は、HIPHOPにたとえるとわかりやすい。 たとえば「HIPHOP」という音楽ジャンルにおいては、「どのようなリズムで何小節おきに何が入る」などの、客観的な「形式」と、 「このHIPHOPには黒人の魂が入ってない

    【雑記】あえてリンクしないわ、リンクしたら損だから - ふぬけ共和国blog
  • 【雑記】・「『教養』を自分のもの」にするという行為 - ふぬけ共和国blog

    このエントリ、「あえてリンクしない」って書いたのにどこのテキストについて書いたのか見破られて、2、3、リンクされてしまった(笑)。 まあそれはそれでいいし、知り合いなどを覗いて上記の自分の書いたテキストに対する感想などは読んでない。 今度は、「リンクしなかった先(SF者がラノベに勝手なこと言うな、って言っていた人)」を勝手にフォローしてみようと思う。 どうも、「教養」というのは「これはおれのものだ、おれたちのものだ」という意識がないと育たないらしいんだよね。 「教養」というのは、なぜそれを覚えなければ、体得しなければいけないのかに質的な意味なんてない。アフリカのどっかの部族で「どこそこの大岩を持ち上げないと大人と認められない」とか言われても、それはそう決まっているんだから仕方がない。 メインカルチャー(「大岩を持ち上げる」っていう場合でも、メインカルチャーって言ってもいいんだろうなァ)で

    【雑記】・「『教養』を自分のもの」にするという行為 - ふぬけ共和国blog
  • SFファンヘイト論は世代闘争 - ARTIFACT@はてブロ

    Something Orange -  エンタメ原理主義の落とし穴 それでは、「ガンダムSF論争」はどうか? これは1980年ごろ、「『機動戦士ガンダム』はSFであるかどうか」を巡って、作家の高千穂遥などがくりひろげた論争です(ここを参照)。 インターネットもないころのことですから、当然、大森さんは参戦していません。 これではまるでインターネットがないと議論がなかったように読めてしまうのが気になった。インターネット以前でも、スピードは大変遅いが、雑誌やファン同人誌などで論戦は行われていたし、ネット環境ならならパソコン通信があった。大森望氏は1961年生まれなので当時20歳前後。大森氏はファンダム活動を積極的にやっていたかもしれないし、もしかすると雑誌(論争があったのはOUT)に投稿していたかもしれない。 なお、ガンダムSF論戦に大森望氏が参加したという話は聞いたことがないので、事実関係での

    SFファンヘイト論は世代闘争 - ARTIFACT@はてブロ
  •  (A-3)SF業界☆めった斬り! - とくめー雑記(ハーレム万歳)

    「なんでいまさらになってこんなことを語ったのか」といえば、単純に書店で大森望の帯にむかついたからです。そ、感情論感情論。そして、反応が強かったから、そこに到る経緯を説明するべきだと思いました。いや、ホントそれだけの理由なんですよ。 たしかにいまさらだとは思います。というか、故・SF氏のご存命中に、誰かが言うべきだった話で。 遡って考えてみれば、言った人はいました。そしてそれを確かに私は見ているんです。 ちょうど2000年頃の話でした。 資料3のような方向性から語り始めたのが、瀬名秀明(資料5)で、 資料4のような方向性から語り始めたのが、梅原克文(資料6)です(*1)。 そこに示されている問題点は、概ね資料3と資料4のモノの延長に過ぎません。 『(クズSF論争に関して…*2)ここ10年、20年で読まなければいけないSFリストというのが掲載されていて、僕(瀬名氏)が読んでいたのはそのうち2割

     (A-3)SF業界☆めった斬り! - とくめー雑記(ハーレム万歳)
  • @nifty

    @nifty(アット・ニフティ)」インターネット・サービスプロバイダーのご案内。どなたでも楽しめるサービスを提供しています。

    @nifty
  • pêle-mêle - ふたつのナショナリズム

    体重、61.6kg。体脂肪率、17.5%。 むっちりしてきたなあ。脂肪を減らさねば。 不安型ナショナリズムの時代―日韓中のネット世代が憎みあう当の理由 (新書y) 作者: 高原基彰出版社/メーカー: 洋泉社発売日: 2006/04/01メディア: 新書購入: 2人 クリック: 139回この商品を含むブログ (77件) を見るかつての「高度成長型ナショナリズム」と現在の「個別不安型ナショナリズム」は同じナショナリズムといっても別物であり、ここをきちんと腑分けしなければ日韓国中国で同時多発的に沸き起っている「ナショナリズム」のすがたを見極められないとする内容。いきなり面白い。ちゃんとした感想は読み終えてから書く。 この著者(『マンガ嫌韓流』の山野車輪)は、「玉突きモデル」しか念頭にないため、「親日派清算」というのが、対日観より先に国内問題であることを理解できていないのである。これは知識

    pêle-mêle - ふたつのナショナリズム
  •  (A-2b)死因はSF原理主義による中毒死 - とくめー雑記(ハーレム万歳)

    まずは24日分のレスを持ち出してみましょう。 >ラノベでもミステリでも面白ければ読むし。ただそれだけです。 ごもっとも。ってことは、SFが売れなかったのは、SFが面白くなかったからですね! と全面的に否定してしまうのは、いささか非建設的な話でありますが、基的には間違っていないと思います。 「面白い」にもいろいろ種類があります。日のSF業界が"interesting"に欠けていたとは言いません。しかし"amusing"とか"cheerful"とかいう観点からみればどうでしょうか。SFの人たちの姿勢は、エンターテイメントとして必要な「サービス精神」に欠けていたといえないでしょうか。 その欠陥がよくあらわれているのが、80年頃の「ガンダムSF論争」でしょう。私はこれがSFという業界の“ミッドウェイ”であり“ソロモン”であったと考えています。「失ったものが大きすぎた」「その集団の欠陥を体現して

     (A-2b)死因はSF原理主義による中毒死 - とくめー雑記(ハーレム万歳)
  • lainの極私的独白 : ライトノベル史について? - livedoor Blog(ブログ)

    授業項目  ①文芸評論:SF、ファンタジー、ミステリ、ライトノベル、幻想文学、純文学、ホラーなど日英米仏の小説の評論。 ②表象文化論:①周辺のサブカル評論、オタク文化論、スポーツ文化論。 ③現代思想:①②の評論のベースとなる理論。現象学、ポストモダン、フェミニズムなど。 ④教育論:主に受験教育など。 Filn、Otaba、mixi、はてなでも授業中です。これらのテキストはリンク、転載、引用、剽窃すべてフリーです。lainへの連絡も不要です。ご自由にお使いください。 まずはこのテキスト参照。頭にきたのでかなり傲慢に書きますが、よろしく。 http://d.hatena.ne.jp/kazenotori/20070127/1169824810 このテキストおよびこれを書いた人の周辺で議論されていることが、いろいろ飛び火して、ライトノベル史がどうの、ライトノベルの批評のあり方がどう

  • ライトノベルのこれまでとこれからを妄想してみる - WINDBIRD::ライトノベルブログ

    ライトノベル歴史について書こうと思う。…正確にはライトノベル歴史をネタにしようと思う。邪馬台国はハワイにあった、と同じレベルの話である。そうそう、こういうときのためにエントリを書いておいたんだった。ライトノベル版バカ歴史年表 - WINDBIRD。←この程度の歴史認識です。謝罪と賠償の要求には応じません。ひゃっほう予防線張りすぎでキモいぜ俺。 最初に書いておくけれど、「ブームの火付け役」というものは「ブームの火付け役だったから売れた」のではなく「売れたからブームの火付け役となった」ものだと思っている。それを踏まえたうえで、まずライトノベル歴史を「ファンタジー以前」「ファンタジー」「学園物」の三つに分けてみる。 「ファンタジー以前」だが、ファンタジー以前にはSFがあったらしい。それは「ライトノベルと言えなくもない」くらいの代物だったようだ。俺にとっては神話の時代の話である。「イザナミは

    ライトノベルのこれまでとこれからを妄想してみる - WINDBIRD::ライトノベルブログ
  • 判らないように書く話 - 平和の温故知新@はてな

    私は直接関係が無いのだけれど、気になる話題ではあるのでノーリンクで言及という荒業を使います。わかる人だけわかってください。 (前提) 「歴史が完成していないジャンルなので世代間の断絶がある」 「特に04年前後のライトノベル論ブームの前後で大きく隔たりがあるっぽい」 (今回のポイント) 「自分が書くことは自分の主観でしかない」→「予防線を貼っても曲解される可能性について問題意識の個人差」 「事実誤認は訂正すべきだけれども、それ以上は個々人の考え方による」 「異論を述べるときは無闇に攻撃的な文言を入れない」 個人的には非難している内容に同意する部分もあります。例としてあげている箇所はちょっと引っかかりつつもスルーした箇所だったり。 それを踏まえるとやっぱりライトノベル版動ポは必要・・・というのが個人的な考え。できれば動ポみたいに荒れない、無難な内容のやつを希望。 希望するだけかよ!とかそういう

    判らないように書く話 - 平和の温故知新@はてな
  • 歴史は何度でも作られる - 狷介庵無聊雑録

    はてな, 雑考 | 00:46 | 割とラノベ界隈の方に向けて書いています。ラノベ史に関する記事やテキストを読むたびに思う事は、ラノベ史は辿ったり紐解いたりするものではなく、作られるものだなーということである。勿論、如何なるコト・モノの歴史であっても、程度の差こそあれそれはそうなのだが。──でも、やっぱりラノベの場合はそれが顕著なんじゃないかと思うわけです。あなたがそう思うものがライトノベルです。 ただし他人の同意を得られるとは限りません。なんといっても、コレがありますからね。やっぱりこれは的を射ていると思うですよ。ラノサイ杯の投票結果を見てもかなり幅広く投票されていますし、読者のラノベ観は重なりを持ちつつも、完全に一致はしていない事が分かります。さて、ではここで問題です。異なったラノベの定義を持つ人間が、それぞれにラノベ史を作り上げたとしたらどうなるでしょう?……無論違うものが出来上がり

  •  (A-1)娯楽の本道を間違えた人々 - とくめー雑記(ハーレム万歳)

    私はライトノベルと架空戦記と怪獣特撮とロボットアニメのファンです。 といえば、私がSFというジャンルに対して思うところがあるのは想像がつくでしょう。 いずれもSFを主要な基礎のひとつとしながら、そのジャンルから独立し、娯楽性を高めることで成功したジャンルですから。 早川・創元の誰がみても文句なくSFと認めるであろう海外SFだけで50冊ぐらいは持っていますし、SF作品が嫌いとかいうわけでもないのですが、日国内のSFというジャンルの有り様は心底軽蔑しているんですよね。 SF考証がどうこうとかSFマインドがどうこうとか不思議な単語を持ち出して「ガンダムSF論争」とかでロボットアニメとかと決別したはずなのに、SFというジャンルが過去の遺物となってからは、そういう過去の清算もしないままに、星雲賞とかで売れた作品を無理矢理SFと決め付けてつまみいしてみたりする姿勢の卑しさを。放漫経営で会社を潰しか

     (A-1)娯楽の本道を間違えた人々 - とくめー雑記(ハーレム万歳)
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