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コミュニケーションと人生に関するdarimaruのブックマーク (6)

  • 長文日記

  • 友達いない奴でておいでー(^p^)ノ:ハムスター速報

    友達いない奴でておいでー(^p^)ノ カテゴリ☆☆☆☆☆ 1 :名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/25(火) 21:32:31.25 ID:GapZrl1o0 一人でべる昼は美味しいかーい?(^p^)ノ 3 :名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/25(火) 21:34:39.19 ID:GapZrl1o0 まさか社会人になっても孤独のままだなんて想像してなかったー?(^p^)ノ 4 :名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/25(火) 21:36:54.80 ID:GapZrl1o0 携帯の着信履歴を見せてよー(^p^)ノ 7 :名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/25(火) 21:39:07.48 ID:GapZrl1o0 久しぶりに他人

  • 絶対に遅刻しない女の子がいる - ハックルベリーに会いに行く

    「最近の若者は――」という言説をよく聞く。たいていはネガティブなイメージで語られることの方が多い。曰く、最近の若者はひ弱になった、最近の若者はバカになった、最近の若者は覇気がない、最近の若者はすぐ挫ける、最近の若者は何を考えているのか分からない……しかしぼくは、若者をそういう目で見たことがない。それは、ぼく自身がとてもだらしない人間なので、たいていの人がぼくより立派に見えるからというのはあるけれど、それを抜きにしたって、逞しく、したたかで、尊敬できる若者というのは多い。若者礼賛というわけではないが、若者の中にもそういう人がちゃんといるということだ。特に、ぼくの知っている若者には、心の底から尊敬でき、敬服できる人物が何人かいる。そういう人を知っているから、ぼくは、若者というのを一括りに否定することができないのだ。 ぼくの知ってる若者に、絶対に遅刻をしない女の子がいる。どんな時でも、集合時間の

  • 重要な他者に承認されることによってアイデンティティを達成するということ - 諏訪耕平の研究メモ

    子どものころ,大人がすぐ怒るのが怖かった。もしかすると僕は人一倍怒られるのが嫌いな子どもだったので,今対峙している大人が,何か自分がミスをすればすぐ怒り出す存在なんだと思うと,なかなか心を開くというわけにはいかなかった。だから,いつもびくびくしていた。 びくびくしていたのに,僕はいつも怒られていた。高校のころは,とにかくいつも怒られていたという記憶が強い。父親は僕の中で,僕を怒るために存在していた。彼はいつも不愉快だった。母親も,そこまでではないが,それほど大差はなかった。両親は常に僕に不満を持っていたし,僕はその期待にこたえる気力を既に失っていたので,その構造は一生続くのだろうと思っていた。 大学に入って,両親のもとから離れた生活は,これほど楽しいことが世の中にあるのかというほどのものだった。僕は浮かれて毎日遊びまわり,ほとんど帰省しなかったし,実家からの連絡にもなかなか返信しなかった。

    重要な他者に承認されることによってアイデンティティを達成するということ - 諏訪耕平の研究メモ
  • 大好きな人を、好きになってはいけない。

    anond:20070628122753 "人を好きになることは、人に期待することだ" これがそもそもおかしい、と言えたらいいと当に思う。好きな人が笑顔でいられて、幸せでいられることが、すなわち私の幸せだ。心穏やかにそう思えるようになりたい。好きな人が選ぶ将来を、それがどんなものであれ心の底から祝福して、心の中でだけ応援する。そうなるにはどうすればいいのだろう、と真剣に考える。 気がつく。できる。しかももう普通にやっている。古い付き合いの友達。それぞれがんばっていて、あるいはがんばっていなくて、それでも幸せでいて欲しいと思う。たとえ今、どんな状態であろうと、私はあなたのことが好きだし、私のことを好きでいて欲しいと思うよ。何かを期待する訳じゃなく、当に言える。心の底から。 そんな風になればいい。そうすればいい。簡単なこと。 そうじゃないことは分かってる。そう思える相手には、具体的な期待な

    大好きな人を、好きになってはいけない。
  • 学級会化するポストモダン - 古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」

    ↑タイトルには意味はありません ※りぱぶりっくさん天狗状態 http://www.absoluteweb.jp/ohno/?date=20070610 http://d.hatena.ne.jp/kanose/20070611 私は論争をリアルタイムで追っていないので、何ともいえないところがあるんだけど、ちょっと考え込んで(ログも少し漁って)みました。 当に忌むべき暴力とは、実は個々の罵倒でも罵倒者でもない。論理立てた批判も議論もせず罵倒を繰り返す者を許容することで、罵倒された人々を二重に罵倒することになる「場」である。そういう「場」を、人間関係のしがらみによって曖昧に維持しようとする人々である。 と大野さんは書かれています。これは建前論としてはよくわかります。 しかし、事はそんな上手くいかない。なぜならみんな他人の事なんて大して関心がないから。いじめ問題などで典型的なように、リアルで、

    学級会化するポストモダン - 古田ラジオの日記「Welcome To Madchester」
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