物語の舞台がどこであるかを、人はどのくらい気にして小説を読むだろう。もちろん小説に書かれていることはすべてフィクション(絵空事)なのだから、舞台は架空の場所でも構わない。たとえ具体的な地名が記されていたとしても、物語中のその場所が現実そのままであるわけがない。 そうしたことを前提としてなお、物語の舞台がどこであるかにこだわる小説家がいる。その一人が絲山秋子である。 絲山秋子は平成15年に『イッツ・オンリー・トーク』で文學界新人賞を受賞。デビュー2年目の平成17年に『沖で待つ』が芥川賞を受賞し、順調な作家生活をスタートさせた。平成18年には群馬県高崎市に移住。この地を拠点に骨太の作品を発表し続け、平成28年には地元を舞台にした傑作『薄情』で谷崎潤一郎賞を受賞した。 絲山秋子の小説は、初期作品のいくつかをのぞいて基本的に「東京以外」の場所が物語の舞台となる。東京はもはや物語が紡がれる場としては