ブックマーク / bonjin5963.hatenablog.com (17)

  • 我が屋戸に韓藍蒔き生ほし・・・巻第3-384 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 我(わ)が屋戸(やど)に韓藍(からあゐ)蒔(ま)き生(お)ほし枯(か)れぬれど懲(こ)りずてまたも蒔かむとぞ思ふ 要旨 >>> わが家の庭に、鶏頭花を種から育てたところ枯れてしまった。けれども懲りずにまた種を蒔こうと思う。 鑑賞 >>> 山部赤人の歌。「韓藍」は鶏冠草(とさかぐさ)ともいい、今の鶏頭(けいとう)です。夏から秋にかけて鶏のトサカに似た極彩色の花が咲きます。もとは熱帯アジア原産で、奈良時代に大陸から伝わり、珍重されました。赤人も、せっせとガーデニングに精出していたのか、あるいは、その鮮烈な花の色を女性に対する恋心に喩えているともいわれます。失恋を意味しているのでしょうか。

    我が屋戸に韓藍蒔き生ほし・・・巻第3-384 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
    deechiyan
    deechiyan 2022/04/19
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  • 狭野方は実にならずとも・・・巻第10-1928~1929 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 1928 狭野方(さのかた)は実にならずとも花のみに咲きて見えこそ恋のなぐさに 1929 狭野方(さのかた)は実になりにしを今さらに春雨(はるさめ)降りて花咲かめやも 要旨 >>> 〈1928〉狭野方は実にならなくてもよいから、せめて花だけでも咲いて見せておくれ、実らぬ恋の慰めに。 〈1929〉狭野方はとっくに実になってしまっているのに、春雨が降ってきたからといって、今さら花を咲かせはしません。 鑑賞 >>> 「狭野方」は未詳ながらアケビかといわれます。アケビは林の木に巻き付いて生長するつる性植物で、春まだ早いころに、一つの株に姿や大きさが異なる雄花と雌花が咲きます。「狭野方」を詠んだ歌は、『万葉集』にはこの2首のみです。 1928は、二人の仲が実らずともよいから交際だけでもしてほしいと男が言い、1929は、女が人であることを匂わせて男の誘いをかわしています。「今さらに春雨

    狭野方は実にならずとも・・・巻第10-1928~1929 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/12
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  • 水死者を見て詠んだ歌・・・巻第13-3336~3338 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 3336 鳥が音(ね)の 神島(かしま)の海に 高山(たかやま)を 隔(へだ)てになして 沖つ藻(も)を 枕(まくら)になし 蛾羽(ひむしは)の 衣(きぬ)だに着ずに いさなとり 海の浜辺(はまへ)に うらもなく 臥(ふ)したる人は 母父(おもちち)に 愛子(まなご)にかあらむ 若草の かありけむ 思(おも)ほしき 言伝(ことつ)てむやと 家(いへ)問へば 家をも告(の)らず 名を問へど 名だにも告(の)らず 泣く子なす 言(こと)だに問はず 思へども 悲しきものは 世の中にぞある 世の中にぞある 3337 母父(おもちち)もも子どもも高々(たかたか)に来(こ)むと待ちけむ人の悲しさ 3338 あしひきの山路(やまぢ)は行かむ風吹けば波の塞(ささ)ふる海路(うみぢ)は行かじ 要旨 >>> 〈3336〉鳥の鳴き声のように波がざわめく神島の海に、高い山を壁代わりにし、沖に浮か

    水死者を見て詠んだ歌・・・巻第13-3336~3338 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
    deechiyan
    deechiyan 2022/04/11
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  • 苦しくも降り来る雨か・・・巻第3-265 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 苦しくも降り来る雨か三輪(みわ)の崎 狭野(さの)の渡りに家もあらなくに 要旨 >>> 何と陶しいことに雨が降ってきた。三輪の崎の狭野の渡し場に、雨宿りする家もないのに。 鑑賞 >>> 「三輪の崎」は、和歌山県新宮市の三輪の崎。「狭野の渡り」は今の新宮港あたり。なお、「家もあらなくに」の解釈は、最近では「家の者もいないのに」とするのが主流になってきているようです。万葉集に登場する「家」と「宿」の比較研究において、「家」を主語として「居り」「恋ふ」「念ふ」「待つ」などの述語を伴う例が多いことから、「家」は人格的に表現された語であり、家人、家庭とほぼ同じ意味であると考えられる一方、「家」を建造物そのものと解される例も少なからずあるが、もっぱら「宿」が建造物そのものとして捉えられている、と。 その考え方に従えば、この歌は、雨に濡れた衣を乾かしてくれる等あれこれ世話をしてくれる

    苦しくも降り来る雨か・・・巻第3-265 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
    deechiyan
    deechiyan 2022/04/10
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  • 遣新羅使人の歌(3)・・・巻第15-3584~3585 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 3584 別れなばうら悲(がな)しけむ我(あ)が衣 下(した)にを着(き)ませ直(ただ)に逢ふまでに 3585 我妹子(わぎもこ)が下(した)にも着よと贈りたる衣の紐(ひも)を我(あ)れ解(と)かめやも 要旨 >>> 〈3584〉お別れしたら、さぞもの悲しいことでしょう。私のこの着物を肌身に着ていらしてください、直接お逢い出来る日が来るまで。 〈3585〉愛しいお前が、肌身離さずといって贈ってくれたこの着物の紐、それを解くことなどありましょうか。 鑑賞 >>> 3584がの歌。3585が夫の歌。「衣の紐を我れ解かめやも」と、貞操を守ることを誓っています。 天平8年(736年)夏6月に新羅へ派遣された使者たちは、秋には帰国する予定でしたが、途上で暴風にあい、また疫病で仲間を失い、さらには新羅との交渉も不調に終わるなど、散々な旅となり、ようやく帰国できたのは翌年の春でした。

    遣新羅使人の歌(3)・・・巻第15-3584~3585 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/09
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  • 東歌(8)・・・巻第14-3388 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 筑波嶺(つくはね)の嶺(ね)ろに霞(かすみ)居(ゐ)過ぎかてに息づく君を率寝(ゐね)て遣(や)らさね 要旨 >>> 筑波嶺の嶺にかかった霞が動かないように門前を立ち去れず、ため息をついているあの人を、引っ張ってきて共寝してやりなさいよ。 鑑賞 >>> 常陸の国の歌。どうやら女同士の会話の歌のようです。門前でうろうろしている男を見て、引っ張ってきて共寝してやりなさい、つまり、ヤラせてあげなさいよと、実にあっけらかんとしたエロい歌です。男はなぜ門前を通り過ぎずにうろうろしていたのでしょうか。霞で視界が悪くて山道を登れなかったのか、それとも、好きな女の家の前にやって来たものの、どうしてよいやら迷っていたのか・・・。 上2句は「過ぎかてに」を導く序詞。「筑波嶺」は筑波山。なかなか露骨な表現ですが、不思議と嫌味は感じられません。

    東歌(8)・・・巻第14-3388 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/07
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  • 大津皇子、涕を流して作りませる御歌・・・巻3-416 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> ももづたふ磐余(いはれ)の池に鳴く鴨(かも)を今日(けふ)のみ見てや雲隠(くもがく)りなむ 要旨 >>> 磐余の池に鳴いている鴨を見るのも今日限りで、私は死ぬのだろうか。 鑑賞 >>> 大津皇子(おおつのみこ)は天武天皇の御子で、「詩賦の興(おこり)は大津より始まる」といわれたほど文筆を愛し、容貌も大柄で男らしく人望も厚かったといわれます。草壁皇子に対抗する皇位継承者とみなされていましたが、686年、天武天皇崩御後1ヶ月もたたないうちに、反逆を謀ったとして処刑されました。罪名は八虐(はちぎゃく)という最高罪のうちの「天皇殺害、国家転覆」に当たるとされました。ただし、謀反の罪で大津とともに逮捕された30余人は、配流された2人を除き、全員が赦免されています。そのため、この逮捕・処刑劇は、息子の草壁の安泰を図ろうとする皇后(のちの持統天皇)の思惑がからんでいたともいわれます。 この

    大津皇子、涕を流して作りませる御歌・・・巻3-416 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/05
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  • 妻といふべしや・・・巻第7-1257 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 道の辺(へ)の草深百合(くさぶかゆり)の花笑(はなゑ)みに笑みしがからにと言ふべしや 要旨 >>> 道のほとりの繁みに咲く百合の花のように、ちょっと微笑みかけたからといって、とは決めてかからないでください。 鑑賞 >>> ちょっと微笑みかけただけで勘違いし、なれなれしく振舞ってくる男に対し、女が贈った歌です。「草深百合」は、草丈の長い繁みで咲く百合。「花笑みに笑みし」は原文「花咲尓咲之」で、花が咲くことを笑みの比喩にしているもの。「からに」は、ちょっと~だけで。 古今、女性からわずかに微笑みかけられただけで、あるいはちょっと優しくされただけで、「彼女、絶対に俺に気がある!」と勘違いする男は多いようです。ただ、ここでの解釈は、男の誘いを、女がやや上から目線で断る体にしましたが、「それだけで、もう私をにしたつもりでいるのですね」と、若干の嬉しさが込められているようにも感じら

    妻といふべしや・・・巻第7-1257 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/04
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  • 桜の花の散れる頃かも・・・巻第8-1458~1459 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 1458 屋戸(やど)にある桜の花は今もかも松風(まつかぜ)疾(いた)み土に散るらむ 1459 世の中も常にしあらねば屋戸にある桜の花の散れる頃かも 要旨 >>> 〈1458〉あなたのお庭の桜の花は、今頃、松風がひどく吹くので散っているでしょうね。 〈1459〉世の中も定めなきものですから、うちの庭の桜の花も今はもう散ってしまいました。 鑑賞 >>> 1458は、厚見王(あつみのおおきみ)が久米女郎(くめのいらつめ)に贈った歌です。といっても、二人の関係はすでに冷えきっていたらしく、花が散るといって、暗に心変わりを示しています。一緒に見るはずのあなたの家の桜を見ることができないと残念がってはいるものの、要は、行くことがでいない、という断りの歌です。 これに対する久米女郎の返歌(1459)は、世の中(男女関係)も定めなきものですから、うちの庭の桜の花も今はもう散ってしまいました

    桜の花の散れる頃かも・・・巻第8-1458~1459 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/03
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  • かくのみにありけるものを・・・巻第16-3804 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> かくのみにありけるものを猪名川(ゐながは)の奥(おき)を深めて我(あ)が思(おも)へりける 要旨 >>> こんなにやつれ果てているとも知らず、猪名川の深い川底のように、心の底深く私はそなたのことを思い続けていた。 鑑賞 >>> 序詞に次のような説明があります。 むかし男がいた。結婚早々まだそれほど時が経っていないときに、突然、駅使として遠い国に遣わされることになった。役所の仕事なので自由がなく、いつ逢えるかわからない。は深い悲しみに心を痛め、とうとう病の床に臥してしまった。年を重ね、男が帰って来て役所に報告を終え、家に着いて顔を合わせると、の容姿はやつれて変わり果てていた。むせび泣いて声も出ない。男は嘆き悲しんで涙を流し、歌を作って口ずさんだ。その歌一首。 「駅使」というのは、駅馬を利用して情報伝達を行う使者のことです。「猪名川」は兵庫県東部を流れる川で、ここでは「奥」の

    かくのみにありけるものを・・・巻第16-3804 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/04/02
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  • うらうらに照れる春日に・・・巻第19-4292 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> うらうらに照れる春日(はるひ)にひばり上がり心悲しも独(ひとり)し思へば 要旨 >>> うららかに日の照っている春の日に、雲雀の声も空高く舞い上がり、やたらと心が沈む。こうしてひとり物思いにふけっていると。 鑑賞 >>> 家持がこの歌を詠んだのは、旧暦2月25日、今なら4月3日くらいにあたります。気持ちのよい晴れた日に、雲雀が空を舞い上がる。いかにも春らしいのどかな光景ですが、しかし、家持の心は沈んでいます。左注には次のような説明があります。 「春日 遅々にして、鶬鶊(さうかう)正(ただ)に啼く。悽惆(せいちう)の意、歌に あらずしては撥(はら)ひかたきのみ。よりて、この歌を作り、もちて締緒(ていしょ)を展(の)ぶ」 (春の日は遅々として、ひばりがしきりに鳴く。辛く悲しい心の痛みは、歌でなくては晴らし難い。そこでこの歌を作り、愁いに結ばれた心の紐を解く) 家持の心を屈とさせ

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    deechiyan 2022/04/01
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  • 咲きにほえる桜花・・・巻第10-1869~1872 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 1869 春雨(はるさめ)に争ひかねて我が宿の桜の花は咲きそめにけり 1870 春雨はいたくな降りそ桜花いまだ見なくに散らまく惜しも 1871 春されば散らまく惜しき梅の花しましは咲かず含(ふふ)みてもがも 1872 見わたせば春日の野辺(のへ)に霞(かすみ)立ち咲きにほへるは桜花かも 要旨 >>> 〈1869〉春雨がせかすように降るので、我が家の庭の桜の花が咲いたよ。 〈1870〉春雨よ、そんなに強く降らないでおくれ、桜の花をまだ見ていないので、散ってしまっては惜しいではないか。 〈1871〉春になったら散るのが惜しいと思う梅の花、まだしばらくは咲かずにつぼみのままでいてほしい。 〈1872〉はるか遠くを見渡すと、春日野の辺りに霞が立ち、花が一面に咲いている。あれは桜の花だろうか。 鑑賞 >>> 「花を詠む」歌を4首。「さくら」の名前の由来については、花の咲くようすがいかに

    咲きにほえる桜花・・・巻第10-1869~1872 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/03/31
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  • さし焼かむ小屋の醜屋に・・・巻第13-3270~3271 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 3270 さし焼かむ 小屋(こや)の醜屋(しこや)に かき棄(う)てむ 破(や)れ薦(ごも)敷きて うち折らむ 醜(しこ)の醜手(しこて)を さし交(か)へて 寝(ね)らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜(よる)はすがらに この床(とこ)の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも 3271 我(わ)が心焼くも我(わ)れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から 要旨 >>> 〈3270〉焼き払ってやりたい汚らしい小屋に、放り捨ててやりたい破れ薦を敷いて、へし折ってやりたい薄汚い腕と腕を交して今ごろ寝ているだろうあなたを思い、昼は終日、夜は夜通し、私の寝床がみしみし音を立てるほどに、私は悲しく泣いている。 〈3271〉私の心を焦がすのも私のせい、あなたを恋しく思うのも私の心のせい。 鑑賞 >>> 浮気をしている夫と相手の女に対する激しい怒りの歌です。「醜」は汚いものをののしって

    さし焼かむ小屋の醜屋に・・・巻第13-3270~3271 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/03/30
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  • 君が老ゆらく惜しも・・・巻第13-3247 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 沼名川(ぬなかは)の 底なる玉 求めて 得し玉かも 拾(ひり)ひて 得し玉かも 惜(あたら)しき 君が老ゆらく惜(を)しも 要旨 >>> 沼名川の川底にある玉、探し求めてやっと得た玉よ。拾い求めて持っている玉よ。この玉のようにかけがえもなく大切なあなた、そのあなたが老いていかれるのは、とても切ない。 鑑賞 >>> 老いゆく夫を嘆くの歌です。「沼名川」の「沼(ぬ)」は玉の意で「玉の川」、すなわち空想上の川、天上界の川とされます。夫のことを、天上界の川底から得た玉のように得難く、大切な存在だと言っています。また、沼名川は「奴奈川」とも書き、出雲の神オオクニヌシと奴奈川姫(ぬなのかわひめ)との恋の伝説から、新潟県糸魚川市に流れ出る小滝川とする説もあるようです。市中には奴奈川姫の銅像が立っており、小滝川の上流には、ヒスイの原石が多く産出されます。

    君が老ゆらく惜しも・・・巻第13-3247 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/03/29
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  • 月読の光に来ませ・・・巻第4-670~671 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 670 月読(つくよみ)の光に来ませあしひきの山き隔(へな)りて遠からなくに 671 月読(つくよみ)の光はきよく照らせれど惑(まと)へる心思ひあへなくに 要旨 >>> 670 月の光をたよりにおいでになって下さい。山を隔てて遠いというわけではないのですから。 671 月の光は清らかに照らしていますが、心が乱れて思いきることができません。 鑑賞 >>> 月見の宴での歌のやり取りとされます。670は湯原王(ゆはらのおおきみ)が女の立場になって詠んだ歌で、671はそれに応えた作者未詳の歌です。湯原王は志貴皇子の子で、兄弟に光仁天皇・春日王・海上女王らがいます。天平前期の代表的な歌人の一人で、父の透明感のある作風をそのまま継承し、またいっそう優美で繊細であると評価されています。 歌中の「月読」はここでは月の異名として使われていますが、「月読尊(つくよみのみこと)」は、日神話に登場

    月読の光に来ませ・・・巻第4-670~671 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/03/28
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  • 夜のいとまに摘める・・・巻第20-4455~4456 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 4455 あかねさす昼は田 賜(た)びてぬばたまの夜のいとまに摘(つ)める芹(せり)これ 4456 丈夫(ますらを)と思へるものを太刀(たち)佩(は)きてかにはの田居(たゐ)に芹ぞ摘みける 要旨 >>> 〈4455〉昼間は班田の仕事で忙しく、夜の暇(いとま)に摘んだのです、この芹(せり)は。 〈4456〉立派な方だと思っていましたのに、腰に太刀を佩(は)いたまま、蟹(かに)のように田の中を這い廻って芹を摘んでおられたなんて。 鑑賞 >>> 学校の歴史の授業ではなかなか教えてもらえない、歴史上の大人物たちの人間味とか人間臭さ。しかし、それらに容易に触れ合うことができるのは、やはり『万葉集』ならではと感じます。4455の歌もそうした歌の一つで、天平元年(729年)、橘諸兄(たちばなのもろえ)がまだ葛城王(かづらきおう)と称していたころ、山城国の班田長官に任ぜられて現地に赴いた時に

    夜のいとまに摘める・・・巻第20-4455~4456 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/01/27
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  • 安積山、影さへ見ゆる・・・巻第16-3807 - 大和の国のこころ、万葉のこころ

    訓読 >>> 安積山(あさかやま)影さへ見ゆる山の井の浅き心を我(わ)が思はなくに 要旨 >>> 安積山の姿をも映す澄んだ山の泉、その安積山の泉のような浅い思いで私は慕っているのではないのです。 鑑賞 >>> この歌には次のような言い伝えがあります。 葛城王(かずらきのおおきみ、のちの橘諸兄)が陸奥国に派遣せされたとき、国司の接待の方法があまりにもいい加減だった。王は不快に思って怒りを顔にあらわし、せっかくのご馳走にも手をつけない。その時、かつて采女(うねめ)を務めていた女性がそばに仕えていて、左手に盃を捧げ、右手に水を入れた瓶を持ち、その水瓶で王の膝をたたいてこの歌を詠唱した。それで王はすっかり機嫌がよくなり、終日酒を飲んで楽しく過ごしたという。 つまり、官官接待において、陸奥国の官人の接待があまりに田舎くさかったために、中央官人である葛城王が腹を立て、その窮地を救ったのが、宮廷ふうの雅

    安積山、影さへ見ゆる・・・巻第16-3807 - 大和の国のこころ、万葉のこころ
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    deechiyan 2022/01/27
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