高田さん(右)の番組が発信されるニッポン放送のスタジオで。佐久間さん(左)は別曜日での番組出演はあるが、この日が初対面。 ラジオ初体験は小学6年生の時、高田文夫さんが作家の番組だった。そこからバラエティに夢中になったという、テレビプロデューサーの佐久間宣行さん。年は父と息子ほど違うが、今の日本の“笑い”を底上げしてきた2人が初めて思いを交わした。 高田文夫 43歳って、うちのせがれと同い年だから、完全に親子だよな。 佐久間宣行 最初に聴いたのが『ビートたけしのオールナイトニッポン』でした。伊集院光さんの番組に出させていただいた時、高田先生が笑う時はこっちの方が面白いという誘導のサインだという話になって。 高田 そう、俺が笑うから、ここがウケてるってわかるんだよな。70年代の終わりまで、ラジオはしゃべり手とリスナーとの関係だけでやるものだとみんな高をくくってたんだよ。「これは君と語り合う番組