フロントのチカさんを呼びに行き皆で夕食を食べた。 卓はそれほどゆっくりしている時間が無かった。 神戸屋はこれから宿泊客の夕食が始まる。 卓はオーナーに夜行バスの乗り場まで送ってもらう事になっていた。 車で送ってもらう道中 「学校頑張っておいでや、また戻ってくるの楽しみにしてるからな」 そう優しい言葉をオーナーは卓へとかけてくれた。 今晩はまた雪が大量に降り注いでいる。 車の窓からそれを焼き付けるように外を眺める。 大阪へ戻ってからの事は後回しにしよう、今はこの景色とこの時間を最後の最後まで噛み締めよう。 また戻ってくるのだからここまで神妙になる事はないのだけれど、卓にとっては今回大阪へ戻るにあたって、学校以上に重要だと思っている事に決着をつける必要があったのだ。 長いようで短かかった冬休みの雪国での生活、しかし、卓の気持ちに答えを出させるには充分過ぎる期間となった。
帰り支度を済ませ荷物を持って下へと降りた。 自分のために夕食の準備をしてくれている厨房へと行き、いつも通り準備を手伝った。 「そういえばタカシも学校ちゃうの?」 「俺は明日帰るよ」 「そうか、また来るんやろ?」 「そのつもりやで」 タカシも同様に卒業の年のため一度名古屋へと帰るのだった。 そんな二人の会話を聞いて康之さんは 「しっかりテストクリアして来いよ、補習とかなったらめんどくさいからな」 しかし、卓はそんな事全く気にしていなかった。 「それは全然大丈夫です、こう見えて優秀なので」 卓は自信満々に答えた。 それを聞いたタカシは 「僕はなんとか頑張ってきます」 そう答えた。 「しっかり頼むで。卓えらい余裕やけどお前そない成績えぇんか?」 聞かれたら答えるしか無いと 「一応学年2位です、5段階評価で平均評定4.8です」 少し照れるように答えた。 すると、康之さんよりも先に 「うそやん!凄す
盛大な宴の後の朝、卓は意外にもスッキリと目覚めた事に驚いた。 それもアラームがなるよりも早く目が覚めたのだ。 身体は重たいが頭はスッキリとしていた。 ひとまず煙草に火をつける。 昨日の彼女からのメールを思い出し開いた。 メールには卓を祝う言葉と、仕事や身体を気遣う内容が記されていた。 卓はさすがに返してあげないと失礼でもあり、かわいそうだと思い、冒頭に謝りの言葉を添えて珍しく丁寧にメールを返信した。 彼女にとっても卓の誕生日は特別な日のはずだった。 それなのに当日のうちに直ぐに返信しなかった事を卓は後悔した。 新年早々自分を責める事になった、そんな年明けだった。 卓は少し早く下へと降りた。 すれ違う宿泊客と新年の挨拶を交わす。 厨房へと向かい煙草でも吸おうと向かうと、既に康之さんが朝食の準備を始めていた。 「おはようございます、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。昨
オーナーが持ってきたワイン確かに美味しかった。 意外と楽にグラスのワインを飲み干した時、卓に異変が起きた。 卓のすぐ側でゆうきが遊んでいたのたが、ふとゆうきの方を見ると、ゆうきがぐるぐると回って見えたのだ。 「やば、何これ」 それから辺りを見てみると全てがぐるぐると廻っている、遊園地のコーヒーカップなど比になら無い程に廻っている。 いよいよまずいと感じた卓は 「明日の仕事に影響するので先に寝させてもらいます」 すると康之さんが 「そば食べんでえぇんか?」 すっかり忘れていたのだが、それどころではない卓は 「ちょっと酔いが廻って食べれそうにないので」 そう断りを入れ 「お祝いありがとうございました、お先におやすみなさい」 なんとかそれだけを告げ、二階へと上がった。 屋根裏へのはしごを昇れるのだろうか、そんな事を考えた記憶はあるのだが、そこからは覚えていなかった。 大量にビールを飲んだため、普
「雪村君の誕生日を祝って。乾杯」 「カンパーイ」 それから神戸屋での卓の誕生日兼年越しパーティは始まった。 物珍しいドンペリにワクワクしていた卓だったが、飲んで見ると美味しい物でも無かった。 自分の舌が子供なのだろうが、テレビで見るホストクラブの光景を思い出し、こんなものに大金を払う気がしれないと思った。 ドンペリを飲み干すと、すかさずオーナーからのビールのお酌が始まった。 「今日はきみは主役なんやからいっぱい飲みなさい」 「ありがとうございます」 卓は祝ってもらってる身分、頑張って飲まないと。 そう思い必死で飲んだ。 弱いわけでは無いようだが、決して強いわけでもなさそうだった。 だが、そんな事はお構い無しの雰囲気だ。 オーナーは神戸屋の誰もが認める酒豪なのだ。 夜も厨房にサワーを作りに降りてくるのだが、そこでも酒豪っぷりを見せていた。 厨房でサワーを作り部屋へ持って上がるのかと思いきや、
テーブルにはオードブルやおつまみ、ピッチャーに入ったビールが二つ。 その他にも豪華に用意されていた。 年越しのパーティに誕生日の祝いを盛り込んでくれたのだった。 突然、 「まだビール注いだあかんで!」 そう言ってオーナーが何かを思い出したように部屋を出て行った。 直ぐに戻ってきたオーナーの手にはワインの様なボトルが握られていた。 「これな、きみの誕生日って聞いたから我慢して置いといたんや」 そう言ってラベルを見せてくれた。 卓はテレビで見たことのある名前に反応した。 「これがドンペリってやつですね」 すかさずオーナーは 「テレビでホストがよう騒いでるあれや」 にやりとしながら教えてくれた。 「せやけどな、あれはホストの値段やから、実際はそない高いもんやないんやで」 そう言って豪快に開け放った。 卓はオーナーの勢いに圧倒されながらも、自分の誕生日を理由に我慢しておいたという特別感が嬉しかった
風呂道具を部屋へと置いてすぐにパブリックスペースへと向かった。 電気はついておらずまだ誰も居ない様だった。 パーティの準備でもしているのかと厨房へと様子を見に行く事にした。 しかし、厨房にも誰も居ない。 宴会している宿泊客の声が館内に響いている。 卓はひとまずパブリックスペースで待つ事にした。 暗いパブリックスペースを開けると 「おめでとう!」 卓は驚いて心臓が張り裂けそうになった。 ろうそくの火が灯ったホールケーキと共に 「誕生日おめでとう」 そう言いながら部屋の影からチカさんが現れた。 神戸屋のみんなが拍手で 「おめでとう」 と声をかける。 卓は照れながら 「ありがとうございます」 そう言って微笑した。 「ほらっローソク消して」 ちかさんに促され卓はローソクを一息に吹き消した。 部屋の明かりが付けられ 「おめでとう」 盛大に皆の声が響き渡る。 そこにはチカさん夫妻の息子のゆうき、持病の
夜の仕事も終わり宿泊客は年越しムードで盛り上がっている。 そんな光景を横目に風呂へと向かう。 途中康之さんが居た。 「後で皆で年越しそば食べるで」 「あっはい。わかりました」 卓は年越しらしい雰囲気を味わえるのだと少し嬉しい気持ちになった。 宿泊客は皆酒盛りで風呂場には誰も居ない。 さっとシャワーを浴び、大きな湯船を独り占めにしながらくつろぐ。 「今日誕生日やけどもう1日終わるなぁ。」 独り言を漏らす。 その時、今朝彼女からメールが来て居た事を思い出した。 寝る前にでもチェックしようと今は忘れる事にした。 誕生日だからと言っても、ペンションで住み込みの仕事をしている卓にとっては何ら特別に感じなかった。 この後、年越しそばを食べる以外を除いては。 何も無く年を越し、明日も朝早くから通常通り仕事をするだけなのだ。 そんな事を考えながら1日の疲れを癒した。 風呂から出て、部屋に戻ろうと本館の二階
年も暮れに近づき年末年始の休暇に入りゲレンデは大にぎわいとなった。 普段並ぶ事の無いゴンドラにも長蛇の列ができており、いつものように何本もゴンドラを流す事ができない程だった。 それでも、雪は降り続き極上のパウダーとなったゲレンデを卓が放っておくはずもない。 一人乗りの人が並ぶレーンは比較的早く進むため、相乗りでゴンドラへと乗車し、時間の許す限り滑り尽くした。 日々のフリーランを延々と繰り返した卓の身体はある程度仕上がってきていた。 籠りにとってシーズンインのこの時期のフリーランを滑り込む事はとても重要な事だ。 卓はパークも好きだが山を滑り尽くす事こそスノーボードだと考えており、この時期にしかできない事を黙々と、だがしっかりと楽しんでいた。 ペンションの生活に入り、日にちや曜日の感覚は完全に無くなっていた卓は今日が今年最後だという事も忘れてスノーボードに熱中していた。 大晦日は卓にとって1年
気分が乗らず珍しく直ぐにペンションへと帰った卓は、気分を紛らわそうとパブリックスペースで漫画を読む事にした。 普段は小説等の活字しか読まない卓だが、小説は持ってきておらず、神戸屋には漫画しか置いていなかったのだ。 仕方なく棚にずらりと並んだ漫画から、なんとなく背表紙で選び読み始める。 読んでいる様で話は全く入ってこない。 すると、カップルがパブリックスペースへとやって来た。宿泊客だ。 「こんにちは、ここって使ってもいいんですよね?」 カップルはベッタリとくっつきながら卓に聞いた。 「大丈夫ですよ、自由に使って下さい」 そういって卓は部屋を出た。 「ここもかよ。昼寝でもしよ」 ぶつぶつ言いながら屋根裏へと戻った。 お客さんにカップルが居る事ぐらいは想定内だったが、ここまで気分を掻き乱されるとは思ってもいなかった卓は、仕事が終わり風呂もさっさと入り、屋根裏からこの日は出る事は無かった。 少しの
部屋へと戻り当たり障りの無いメールを彼女へと返信した。 ひとまずはこのまま乗りきろうと思っているのだが、感情の無い虚しい付き合いの時間を彼女に強要しているようで複雑な気分だった。 ベッドでそんな事を考えながら眠りについた。 それからクリスマスまで淡々と日々の仕事をこなし、大好きなスノーボードに明け暮れた。 その頃には仕事にも慣れ、ペンション生活にも慣れていた。 クリスマスのゲレンデは初心者のカップルで溢れ帰り、そこら中に座り込んでいるカップルがいた。 卓はまるで自分が場違いに感じる程の光景だった。 そんな光景に嫌でも彼女の事を考えてしまう。 スノーボードに集中したくても心のそこから楽しめない自分にもやもやしていた。 卓にも彼女が居るため、一見クリスマスは楽しいイベントのはずなのだが(離れているためなんとも言えないが)、今の卓にとってはスノーボードの妨げとなる辛いイベントだった。
夕食のセッティングを終え小休止を取っている時、康之さんが 「卓彼女おらんの?まぁおってもお前やったら置いてでも来るわな」 笑いながら卓に言った。 なんてリアルタイムな質問なんだと卓は思いながら 「一応居ます、そして、まさに置いてきてます」 苦笑いするしかなかった。 卓は忘れていたさっきのメールを思い出し、少し憂鬱な気分になった。 夜の仕事を終え部屋へと戻り一服しながら、ようやく彼女からのメールを開いた。 だが、すぐに返す事はせず忘れようとするかの様に煙草を揉み消し風呂へと向かう事にした。 湯船に浸かりながら物思いに更ける。 自分の答えははっきりしてるのだが、切り出すタイミングがわからず、そんな状態をズルズル続けている事に罪悪感を感じていた。 風呂に来たのも頭をぼぉっとさせて頭をリセットする目的だったが、のぼせるだけで良い答えはでないままだった。 ただひとつ、3学期の間には必ずけじめをつけよ
神戸屋へと到着した卓は乾燥室へ板をしまい、ウェアの裾を捲って部屋へと上がった。 タカシはまだ戻っていなかった。 ウェアを脱ぎ仕事着に着替え一服し、仕事まで少し昼寝する事にした。 滑った後で疲れた身体に暖かい布団の組み合わせは、卓を眠りへと導くのに時間はかからなかった。 目一杯滑り、暖かい部屋へと戻り、昼寝をするこの瞬間も籠りの一つの楽しみと言える程にそれはとても心地よい時間だった。 卓は部屋が開く音で目を覚ました。 タカシが帰って来た。 卓は起きて煙草に火をつけた。 「卓帰ったの早かったんやな、どうやって帰ったん?」 タカシの言葉に先程の嫌な記憶が蘇る。 「滑って帰ったら楽やろ思て滑って帰ってたら、村の人に派手に怒鳴り散らされたわ」 卓は苦笑いしながら答える。 「まぁ俺が悪い事したんやし、しゃあないけどな」 「卓滑るの上手いしな」 タカシは少し気を使いながら慰める様に笑った。 それに釣られ
駐車場からペンションへと向かう下りの道に差し掛かった。 卓はそこで板を履いた。 除雪された道路はコンクリートを感じる程の雪面ではあったが、かろうじてソールに傷はつかない程度の雪はついていた。 歩いて帰るにはまぁまぁの距離だが、滑って帰ればどうという事は無かった。 斜度はほとんど無い道路のためノロノロと滑っていたその時、村の除雪車が後ろから走ってくる音がした。 卓は端に寄って止まった。 除雪車が卓の近くに来た時、クラクションが鳴る。 明らかに攻撃的な怒りのこもったクラクションだ。 除雪車が卓の横に差し掛かった時、窓が開けられ 「ここ道路やぞ!お前どこももんじゃ!どこのペンションのバイトや!」 卓は叱られた犬の様に小さくなった。 「すいませんでした」 卓に深々と頭を下げて謝罪した。 「危ないやろが!二度とするなよボケ!」 運転手の怒りは収まらない様子だが、そのまま走り去って行った。 卓は走り去
リフト終点タカシは危なっかしい滑りだが転ぶ事なくクリアした。 卓は先にビンディングをはめ、既にスタンバイできていた。 タカシのボーゲンの滑りに合わせ卓は並走する。 転ぶ事は無いが、スキーをした事の無い卓から見てもドキドキする滑りだった。 卓は退屈なので、その場でトリックをしながら遊ぶ様にタカシの速度に合わせて滑った。 リフト一本分付き合った卓は、リフト乗り場で 「もうちょい俺軽く流すけどリフトとりあえずもう一本乗る?」 するとタカシは 「じゃあリフト一緒に乗ろう」 「りょうかい、ほないこ」 リフトの上では案の定卓の滑りに対する話題が、タカシから繰り広げられていた。 「ほなちょっと行ってくるわ。気をつけて滑れよ」 そう言い残しそそくさと卓は更に上へ向かうリフトへと向かって行った。 卓は滑りが合わない人間とは滑る事はしないタイプなのだが、同じバイトのよしみで一本付き合ったのだった。 それから卓
リフト乗り場の近くに立っていた卓の元に、ボーゲンで危なっかしい滑りのスキーヤーが近づいて来た。 「お前もしかして素人なん?」 卓は籠りに来てるぐらいだから、そこそこ滑れるもんだとばかり思い込んでいた。 「何回かやった事あるけど、そんなレベル」 タカシは照れ笑いする。 「よう籠ろうと思ったな、上手くなりたかったん?」 卓にとっては籠り=滑って上手くなるという思考のため、特に意味は無く率直な意見だった。 「スキーはした事あったしリゾートバイト楽しそうやったから」 「そういう人もおるんか、寧ろそういう人の方が普通なんかな?」 不思議に思いながらも自分がズレているのかという些細な疑問を抱いた卓だった。 「まぁえぇか、滑ろか。リフト乗ろうぜ」 そう言ってさっと乗り場へ向かう。 タカシはおぼつかないスケーティングで必死で卓の後を追った。 二人はトリプルリフトに乗ってファミリーが多い初級コースを滑る事に
気がつくと少し眠っていた。 15分程眠った卓の身体は少し回復はしていたが、少し冷えてしまっていた。 暖房の前へ移動し、床に座り込んで軽くストレッチをしながら暖めた。 身体も目もスッキリした所でもう一本ゴンドラで山頂へ向かう事にした。 ひとまず一番下まで滑り、それから考える事にした。 山頂から林道を通り、ゴンドラの乗り場の方へと向かって行く。 ここからはとてもなだらかな緩斜面で家族連れやカップルなどが楽しそうに声を挙げながら滑っていた。 卓はそんな経験をした事が無く、少し羨ましい気持ちになっていた。 スノーボードをするために来ているとはいえ、滑り仲間が居る事は羨ましいのだ。ただ、卓の滑り仲間とは誰でも良い訳ではなく、お互い干渉せず高めあえる、あくまでもスノーボードありきの仲間なのである。 そんな事を考えてるうちに乗り場へと到着した。 「卓!」 その声に辺りを見渡す卓。 恐らくタカシだろうと思
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く