気になる記事をスクラップできます。保存した記事は、マイページでスマホ、タブレットからでもご確認頂けます。※会員限定 無料会員登録 詳細 | ログイン 先週、安倍総理が突然の辞任を発表しました。 さまざまなメディアが、さまざまな分析をしていますが、今回、私は広告コミュニケーションという観点で、この政治劇を解いてみたいと思います。 「文藝春秋9月号」に作家の塩野七生氏が「安倍首相擁護論」を寄稿されたのは、今回の辞任騒動どころか、自民党が大敗した参議院選挙の前です。 一部を以下に引用して紹介します。 首相としての安倍氏は私にとって、「買っていない」というよりも「好み」ではない。政治という虚実からみ合う世界のリーダーとしては、誠実のあまりか単純すぎる。大衆民主主義時代の有権者の心理がわかっていない。女はなぜ男に惚れるのかを、考えたことはあるのだろうか。 民主主義政体下の有権者とは、「何をやったか」
何か、安倍さんを誉めるというのが流行ってるみたいなので、安倍晋三について書くのも今宵限りだろうし、総括的に誉めてみる。 安倍晋三が辞めて、というか辞めることになり、それも政治生命に致命的な辞め方をして、何となく安堵感を感じる。この安堵感というのは「政治的」な立場からのものではなく、虚構が崩壊したという安堵感だ。安倍晋三の政治理念や政策、「戦後レジュームからの脱却」とか「美しい国」が嫌だとか反対ということではなく、そもそも、そんなのに実態があったかも疑わしいという安倍政権という「まやかし」が払拭されるという安堵感かと思う。 私は、安倍晋三が首相になるとは思っていなかった。石原慎太郎と同様、国政レベルでは「ピエロ」で終わると思っていた。それを確信したのは、例の郵政選挙の時だった。 この、成蹊大を卒業し、南カリフォオルニア大に8ヶ月通って専門の単位を取得できず、父親の秘書になったものの閣僚経験の
安倍総理が辞任した。いまとなれば政権末期の迷走ばかりが思い浮かぶが、最初の半年のマスコミや世論の体制翼賛姿勢は脅威であった。そんなこともう忘れている人も多いのか。 やらせのタウンミーティングで世論を捏造して成立させた改正教育基本法。こんな許せない暴挙にも多くの世論やマスコミは無批判で、現代の諸問題のすべてが教育に起因し教育を変えればよくなるという単純なロジックや、戦後民主主義教育は悪だから変えなければならないという意見に世論の支持が集まった。今でも教育基本法の改正を安倍内閣の成果として挙げる人が多い。 私に言わせれば、こんなのは悪行であり、成果でも何でもない。百歩譲って成果を認めたとしても、血税を注ぎ込み世論を捏造するような行為は民主主語の死であり、この時点でこの内閣にレッドカードを出すべきものである。私には無批判な世論が脅威であった。 次に脅威であったのは柳沢前厚労相の「産む機械」発言が
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く