生前の彼を僕は知らない。四半世紀前に彼は、僕の祖父のホラ話の世界からやってきて、小学生であった僕を大いに当惑させたものだ。その幸せな当惑は昭和、平成と世の中が変わっても僕のなかにありつづけている。 百歳になる僕の祖父が僕が子供のころよく話してくれた物語がある。爺ちゃんは箪笥から出してきた古い絵を広げてよく話したものだ。絵は貧相な鎧を着た武者が短足な馬に乗って走る様子が、稚拙なタッチで描かれていた。子供の目からみても格好悪い侍だった。いつもの話か…退屈している僕に構わず爺ちゃんは話はじめる。「鎌倉時代末期、武家の端くれであったご先祖さまフミコ太平サブローシローは…」 足利氏が政権を握ろうかとしていた時代、足利氏に仕える武家であった先祖フミコ太平サブローシローは鎌倉の防衛に当たっていた。そこへ北国から北畠顕家という若くて強い武将が攻めこんできた。正真正銘の軍神である。手早い書類作成と人の良さで