ブックマーク / kumasann.hatenablog.com (4)

  • 「最初から上手い人はいない」という甘ちゃんな言葉はプロの世界では通用しない - ありがとう熊さん

    職人の世界に憧れて・・・ 20代のころ工事現場の職人をしていました。シーリングといって建物の隙間にゴム状のものを埋め込む仕事でした。 手に職をつけて独立が出来る夢のある仕事でした。しかし、なかなか仕上げの作業を任せてもらえなかったのです。 いつまでも難しい仕事をさせてもらえないストレスに悩みました。 シーリングって何?と言う人も多いと思います。 簡単に言うと、ビルの窓ガラスを見るとガラスとサッシの間にゴム状のものが見えると思います。 そのゴム状の物質、実は最初はドロドロの半液体状のものです。最初から出来上がっている固いゴム状の物質ではありません。その半液体状のものを、すばやく固まらないうちに仕上げる職人技が必要です。 作業を簡単に並べるとこうなります。 1 掃除 2 材料を入れる前に材料が奥に行きすぎないようにスポンジ状のものをはめ込んでいく作業 3 材料を入れる前に周りを汚さないようにテ

    「最初から上手い人はいない」という甘ちゃんな言葉はプロの世界では通用しない - ありがとう熊さん
    dydydy319
    dydydy319 2017/08/07
    現大工です。 最初の1.2年は辛かった… からこそ認められると嬉しかったですね! おいとかお前じゃなく名前で呼ばれ始めた時はウキウキしました…笑
  • 辞めた職場にちょこちょこ遊びに来る人って何?その疑問に切り込みました。 - ありがとう熊さん

    辞めたのに先輩風? 品スーパーのおやじです。半年前に「友達が会社を作るので、一緒にやることになった」と言って、辞めたアルバイト君が最近遊びに来るようになりました。 結局、彼は友達が「作る」と言っていた会社をいつまで経っても作らないと言うことで、今はセルフのうどん屋でアルバイトをしているそうです。 ちなみに彼は3年近く、働いていて、真面目で使えるアルバイトでした。しかし、辞めてから半年経った今になって、その時に仲が良かった後輩アルバイトに近づき、先輩風を吹かせるようになりました。 現在の職場の忙しさをアピールする彼 彼が今アルバイトをしているセルフのうどん屋は大手スーパーのフードコートにあり、昼のピーク時や土日は戦場のような忙しさがあるそうです。 その忙しさを「品スーパーの3倍の忙しさだよ」と表現していたそうです。半年前に俺がやってた時はこうしていた」と過去に自分がやっていたやり方を教え

    辞めた職場にちょこちょこ遊びに来る人って何?その疑問に切り込みました。 - ありがとう熊さん
    dydydy319
    dydydy319 2017/08/05
    自分の居場所を残したいんですよね。 良い人と悪い人で全然来た時の温度差が違います笑
  • 出来の悪い従業員に「この仕事は向いていない」と言うのは酷いことか?それとも当然のことか? - ありがとう熊さん

    かつて先輩に言われて体が震えるほど腹が立った言葉です。 20代の頃、5年間勤めた職人の会社を辞める時に先輩から 「お宅、職人に向いてないからな」と言われました。体が震えるほど悔しくて、腹が立ちました。 一生懸命やってきた仕事です。「お疲れ様」「元気でね」の優しい言葉を期待していただけに辛くてたまりませんでした。 その悔しい気持ちをぶつける形で、以前に別ブログで記事を書いたことがあります。 しかし、その後「この仕事は向いてない」と言う言葉は人や状況によって様々な捉え方があることを、そのブログに頂いたコメントで知りました。 今回は様々な言葉の捉え方を知って頂きたいと思いました。 まずは、それは言うべきではないと言うある方のご意見です。 「向いてない」って言葉は容易に言うべきではないと思います。私は父に言われました。現在、その仕事しかなく、それをするしかない状態なのに言われて辛いです。それしかで

    出来の悪い従業員に「この仕事は向いていない」と言うのは酷いことか?それとも当然のことか? - ありがとう熊さん
    dydydy319
    dydydy319 2017/07/18
    日本人の偏った思考と難しい日本語で、言葉はとても鋭利になってしまいますね。
  • あなたが人生に負けるということは期待しているみんなが負けるということである - ありがとう熊さん

    学生時代、新聞奨学生として奨学金をもらいながら2年間専門学校に通っていました。 なぜ私が新聞奨学生になろうと思ったのか?それは親に頼らずに学校に行きたかったからです。母子家庭で母親に大きな負担をかけたくなかったからです。 高校時代からアルバイトをしていた新聞配達所で新聞社の奨学金制度を知り、これなら親にお金を出してもらわなくても学校に行けると言うことで決意しました。そして学校に通いながら、配達所に住み込みで働くことになりました。 人生で初めて親元を離れて生活をする不安。そんな不安を吹き飛ばすほど配達所にいてる人達は温かい人たちばかりでした。とくに店長には大きな思い出があります。 競馬好きの店長との思い出 店長は大の競馬好きでした。1993年のエリザベス女王杯という有名な競馬のレースを店長とテレビで観戦していた時のことです。そのレースには、ベガと言う名の絶大な人気を誇る強い馬が出走していまし

    あなたが人生に負けるということは期待しているみんなが負けるということである - ありがとう熊さん
    dydydy319
    dydydy319 2017/07/12
    自分も専門学校まで行かせてもらって、今は系統の違う職に就いています。 もっと違う自分もいたのではないかと考えますが、今はこの仕事に向き合って周囲の人に今の自身を見せていきたいです。
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