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ブックマーク / www.e.okayama-u.ac.jp/~taguchi (2)

  • イェドヴァブネの闇 ―ユダヤ人虐殺とポーランド住民

    今からちょうど60年前、ポーランド北東部の小さな町、イェドヴァブネで、ユダヤ人の大量虐殺が行われた。約1600人のユダヤ人が、生きたまま焼き殺されたのである。これまで、この虐殺はナチスドイツ軍によって計画され、実行されたとされてきた。 ところが最近になって、実際に手を下したのは、ドイツ軍ではなく地元のポーランド住民だったと言う説が浮上した。このニュースはポーランド中に強い衝撃を与え、その後激しい議論を巻き起こした。 ポーランド人たちは自分たちを、大国のエゴの犠牲者、蹂躙されてきた被害者として捕らえている。彼らに加害者としての意識はない。今回の報道は、この彼らの認識を覆しかねないものであった。 またこれは、今まで目を向けようとしてこなかった、ポーランド社会の片隅に吹き溜まる嫌ユダヤ感情についても、ライトを当てることになった。 イェドヴァブネについては、まだ結論を出すには早すぎる。早すぎ

  • ドイツ・ポーランド間の歴史教科書対話に関するメモ

    ●背景 第一次世界大戦後のヨーロッパには、惨事を繰り返さぬためにはまず国家間の相互理解が不可欠だ、という考え方がすでにあった。そしてそれと同時に、隣国同士で共通の歴史認識を作り上げようという試みもあった。 しかし、一度の失敗から学ぶほど、人間は賢くはなかった。ヨーロッパは再び暗黒の時代に突入していった。第二次世界大戦である。 第二次大戦後、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が設立された。ユネスコは、自国に都合のいいように書かれがちな歴史教科書の抱える問題を指摘し、互いに相手国の歴史教科書についての議論とチェックをしていくべきだと提案した。 西ドイツは、フランスと歴史教科書をめぐる話し合いをはじめた。いわゆる『国際歴史教科書対話』の始まりである。これは、「互いの歴史を知り、相互理解を深めること」を目的としていた。 ●『独ポ歴史教科書対話』の経緯 西ドイツとポーランドの間でこの『国際歴

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