ある日の夜9時半過ぎに、自営業の伊藤実(28歳)の携帯に、後輩の中川から電話がかかってきた。兄貴のように慕ってくれ、伊藤も弟のようにかわいがっている。仕事を終えてちょうど帰宅しようとしていたところだった。ついさきほども電話で話したばかりだったので、何か言い忘れたことでもあるのかと思い、 「よう。どした?」 と、気楽に話しかけた。が、帰ってきた声は中川の声ではなかった。 「あ、あのー、この携帯電話なんすけど、そちらのお友だちのものですよね。そちらは伊藤さんですよね?」 「はあ? 誰?」 一瞬、意味が分からず、間の抜けた聞き方をしてしまった。 「いや、この電話をね、拾ったんですよ。ついさきほど。で、持ち主に連絡はできないじゃないですか。だから、発信履歴で最後にかけた方にかけてみたんです」 「あー、そうなんですか。それはどうもすみません。あいつもどうしちゃったのかな」 ありがちなことだろうと思っ