この原稿では去る12月6日に亡くなった安保徹氏について、発生しつつある風説の真偽、及びその形成過程を取り上げる。前編ではまず、以下の主張を検証する。 Q:12月6日に亡くなった安保徹氏の訃報は新聞に載っておらず、不自然ではないのか?(これは何かの陰謀でないのか?) 無論、訃報は没後すぐ載るとは限らない。 そのため私は、いわゆる四大紙の一定期間内の訃報を確認した。 対象は12月7日の朝刊から14日(本日)の朝刊である。 まず、結果は以下だ。 ・読売新聞 掲載無し ・朝日新聞 掲載無し ・毎日新聞 掲載無し ・産経新聞 掲載無し 当方の見落としでない限り、掲載が無いことは判明した。 だが、結論を出すのは早い。 まだ大きな問いが残っているからだ。 すなわち、 Q:この非掲載は妥当なのだろうか? そこまで明確ではないが、ともあれ期間中100人近くの訃報に目を通すと、掲載基準は見えてくる。 ・国会議
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