戦前の官憲による弾圧で命を落とした共産党の若い活動家たちのことを知ったのは、1990年ごろだったと思う。その一人に伊藤千代子がいた。あの当時、伊藤千代子について書いた「赤旗」の記事やら簡単な伝記的紹介を読んだと思ったのだが、ほとんど忘れていた。 日本共産党のサイトでは伊藤の死について次のように書かれている。 市ケ谷刑務所で栄養失調になり、病院に転送後亡くなりました。 ある意味、簡略である。 党幹部の演説で触れている場合も同じで、例えば不破哲三は、 こういう旗印をかかげて活動したために、日本共産党は、天皇制政府から、最も憎むべき犯罪者として激しい迫害をくわえられ、多くの犠牲者を出しました。〔中略〕ここに、その中の一人の女性の死についてうたった短歌があります。/こころざしつつ たふれし少女よ 新しき光の中に置きて思はむ/これはアララギ派の歌人である土屋文明さんが、自分の教え子だった伊藤千代子さ