電車に乗り込むという動作には細心の注意が必要だ。動きが不自然に見えませんように。社会に対して後ろめたいところがあると思われませんように。一瞬の油断が僕の社会適応への努力を水の泡にしてしまう。 扉が開いてもすぐに乗り込んではいけない。降車する客が先だ。幸いにして昼下がりの西東京の私鉄は空いている。前方に誰もいないのを確認し、一拍おいてから車内に足を踏み入れる。人類にとっても僕にとっても小さな一歩。下半身が車内に移動するのにつられて上半身も移動。顔面が真夏の外気とクーラーの効いた車内の空気の境界を通り過ぎた次の刹那、入り口近く左側の座席が空いていることを認識する。この席に座ろう、座らなければ。一瞬の躊躇が挙動不審を招くのだ。全身全霊をかけての決意。ゆっくりと確実に、挙動が不安定にならないよう細心の注意をはらって制御された僕の身体は座席に収まる。収まるはずだった。 いや、実際に身体は座席に収まっ