高架下好きで鳴らしているぼくだが、そこにある建築物も好きだ。今回はぼくがこの春、最も気に入っている高架下建築地帯をご紹介しよう。 (text by 大山 顕) ■なんなんでしょうな、このかわいらしさは 毎回ご理解いただきづらいテーマを書き連ねるぼくの記事。「高架下建築」と言ってもなんのことやらわからない方も多いと思う。まどろっこしいことは抜きだ。単刀直入にご覧いただこう。これだ。
高架下好きで鳴らしているぼくだが、そこにある建築物も好きだ。今回はぼくがこの春、最も気に入っている高架下建築地帯をご紹介しよう。 (text by 大山 顕) ■なんなんでしょうな、このかわいらしさは 毎回ご理解いただきづらいテーマを書き連ねるぼくの記事。「高架下建築」と言ってもなんのことやらわからない方も多いと思う。まどろっこしいことは抜きだ。単刀直入にご覧いただこう。これだ。
今年、僕の会社デジタルビイムは設立から9年を数え、設立日の7月1日以降は10年目に突入する。あっという間の10年間であったが、設立した年に生まれた子供が小学校4年生になってそろそろ思春期に突入しようかという頃である。それなりの年月が経った訳だ。これからも今まで以上に頑張らないといけない。 「成長する為には常に変わり続けなければならない」 と、この前読んだビジネス本に書いてあった。次の10年間を実り多きものにするために、思い切って何かを変える事が必要なのだ。そこで、会社名を少しだけ変える事を思いついた。具体的には「デジタルビイム」を「デジタルビ~ム」にするのだ。長音を「~」で表記する事により、いかにもビームが出てそうな名前になる。 そもそも「デジタルビーム」とせずに「デジタルビイム」としたのは、姓名判断に詳しい友人からのアドバイスであった。長音を「イ」として一画増やすと画数が良くなるというの
パワーポイントで作った横長のプレゼン資料をよく見かける。 図を多用し、独特のパステルカラーで着色されている。不思議なイラストもちりばめられている。会社勤めをしている人には一般的だが、やっぱりあれは独自の風習だと思う。 独自の風習よばわりしてしまったが、嫌いじゃない。面白いと思う。むしろどうでもいいことさえあのフォーマットで表現してみたいと思う。 妙な説得力が出たりしないだろうか。 (林 雄司) たとえばある日の昼食にサバを食べたこと 夜は海鮮居酒屋になっている店に入った。ランチメニューも魚中心である。年々魚好きになっているのでやっぱり魚を食べたい。体のこともちょっと考えている。しかし刺身定食980円は高くないか。うーん、あ、でも日替わりと焼き魚がなんだったか入り口で見てくるの忘れた。煮魚は確かサバだった。 迷っているがもう注文を取りに来ている。早く決めなければならない。
エクストリームアイロニングという競技がある。エクストリーム、つまり極限状態でアイロンがけをするという競技だ。なぜ、とか僕に聞いてはだめだ、そういう競技なのだから。 まだあまりメジャーではないと思われるこの競技、今のうちから始めておけば日本の、とまではいかないまでも沖縄のエクストリームアイロニング第一人者くらいにはなれるのではないか。さっそくはじめよう。 (安藤 昌教) エクストリームアイロニングという競技 エクストリームアイロニングはイギリス発祥のスポーツで、エクストリーム系スポーツの持つスリルとアイロンがけのしわを伸ばすすっきり感とを合わせ持った新しい競技だ。これまで先駆者たちにより、高い山の山頂でのアイロンがけやスキーやスキューバダイビング等をしながらのアイロンがけが行われてきた。スキューバだと当然水の中なのでしわを伸ばすとかもはや関係ない感じだが、そこに意味を求めるのではなく、その行
なんだか、煮詰まってしまった。 日常に煮詰まってしまった。 しかも自己管理に失敗、風邪で発熱中。天井見ながら涙ぐみ中。 初心にかえろう……そうだ、私は元々、ミニコミライター。 誰にも頼まれてないのにフリーペーパーを作っていた、あの頃は確かに楽しかった。 ペンと紙を持ったら、何か書けるかもしれない。 そう思って、衝動のみで手書きしてみた。 一筆書きっていうか、もう、書き直しナシ、勢いオンリーです。 すみません……。 (「日々の凧あげ通信」というのは、私が10年以上前に作っていた、フリーペーパーの名前です。深いイミはナシ。)
上海のジャンクションがすごそうだ。GoogleEarthで探してみてそう思った。 海外のすごそうなジャンクションというと、アメリカのそれを想像するが、なんたって街の郊外にありそうで、その都市に着いたからってジャンクションの下まで行くのは行きづらそうだ。 それに比べると上海のジャンクションは、東京でいえば箱崎のごとく、街のど真ん中にある。上海では気の軽に日本にないジャンクションを見れそうだ。 デイリーポータルZには大山さんというジャンクション観賞界の巨匠がいるが、敢えてぼくも上海にいることをいいことに、観賞してみた。 (text by ライスマウンテン) 上海はジャンクション天国だ! 上海にはジャンクションが13もある。簡単に解説しよう。 上海には高速道路の環状線が3つある。中から内環路、中環路、外環路となっている。それとは別に南北に縦断する高速道路と、東西に横断する高速道路がある。そのため
「そんなものあったっけ?」と思われる方が大勢いらっしゃると思う。心当たりのない方は、今すぐ街へ出てビルの入り口を見てみてほしい。律儀にあるんですよ。 ぼくはこれの正式名称を知らない。単に「植え込み」とか「緑地」とか言っていそうな気がする。律儀な彼らにぼくはもっと素敵な名前を付けてやらなければならないと思う。名付けて「ビル山水」だ。 「山水」とは築山と水がある庭園の呼び名。本来水あってこその山水であり、したがってこのビル入り口脇の植え込みをそう呼ぶのは間違いと思われる方もいらっしゃるかもしれない。(水があろうとなかろうとそもそも間違いだという意見はこの際無視したい) しかし、山水と呼びたくなる雰囲気があるのだ。なぜか植物だけではなく、石もレイアウトされているのがそれだ。これはあきらかに「庭園」を意識していると思う。だってべつに機能的にはいらないもん、石。
以前何回かここデイリーポータルZでジャンクションの記事を書かせていただいた。(→「ジャンクションを鑑賞する」「『ジャンキー』のすすめ」)それいらいすっかりジャンクションの虜になったぼくは、高じてジャンクションのサイトまでつくってしまった。 サイトをつくってみたらあらびっくり。たくさんの激励メールをいただいた。世の中にはけっこうジャンキー(ジャンクション好きのこと)がいるではないか。うれしい。 じゃあ、いちどみんなでジャンクション巡りでもしてみるか、と「ジャンクション見物ツアー」を開催。 そうしたら思わぬ展開になったのだ。 (text by 大山 顕) ■なさけない主催者 いささか急な思いつきで開催告知した「ジャンクション見物ツアー」。1月5日という年明け早々にもかかわらず総勢17名の方々に参加いただいた。とても楽しかったのでその様子をレポートしようと思う。 途中ジャンクションと直接関係ない
レジ袋削減のための「エコバッグ」は、いまや世間に深く浸透しつつあるグッズだ。レジで「袋要らないです」と言って、ペラペラの薄いナイロンバッグを取り出す人々の姿をひんぱんに見かけるし、雑貨店にはエコバッグのコーナーがカラフルに幅を利かせている。ゴミを減らして無駄をなくそう、という意識が高まるのはいいことだ。 しかし・・・実は私、エコバッグをちょっと敬遠していた。「エコって言ってりゃいい」みたいに聞こえる場合もあり、あるいは高級ブランドのエコバッグを買うのに行列、とか、そういった話が聞こえてくると、なんだかなあという感じで、どうにも処理できない感情が胸に去来する。エコが悪いのではない、なんというか・・・「皆いっせいに一方向に押し寄せる」姿が苦手なのだ。 そうとばかりも言っていられません。地球は確実に暑くなっている。ならば、私ならこうする!というエコバッグを作ってみようではないか。先週に引き続き、
よく遊びに来ていた公園なのですが、そこの池に不思議な鳥がいました。 形・大きさはアヒルのそれなんですが羽の模様がおかしいのです。 赤や黒が混ざり七面鳥のようでした。数も一羽や二羽ではなく、結構な数が群れていた記憶があります。 未だに他では見たことがないので、あれはいったいなんだったのかと気になっています。 見てきてくれたらうれしいです。
早い話が『電波少年』である。昔『電波少年』というバラエティ番組が流行った。目隠ししてヘッドフォンを被せられたレポーターが、悪いプロデューサーに知らない場所へ連れていかれるのだ。目隠しをとった先が現場である。「ゲ~、なんだここ?」となって企画が始まる。 僕はこの連れていかれる人が羨ましかった。目を開けたら違う世界。そんなの絶対楽しいに決まってるのに何ブーブー言ってるのか、と憤りさえした。 やってみたら色々意外な所を通過しながらもやっぱり楽しかったので(後に同行者の石川が今年度ベストの遊び体験と評するくらいに)ご報告したいと思います。 (text by 大北 栄人 assisted by 石川大樹) レジャーとして連れて行かれる ということで目隠しをしてどこか違う場所に連れていってもらうために渋谷駅に来た。取材に協力してくれた石川に連れていってもらうのだが、せっかくなので交互に場所を考えて各々
米軍基地内のピザはかなりでかいらしい。そんな話を聞いてしまったらそれはもう食べたくなるのが当然だろう。しかし実際、米軍基地にはフリーマーケットやフェスティバルの時以外にはなかなか入ることが出来ない。しかし今回、幸運にも内部に入ることのできる資格を持った方にエスコートしてもらう機会に恵まれたのだ。これはでかいピザ、食べに行くしかないだろう。 こうしてうかれて行ってみたら、ピザどころではすまなかったのです。 (安藤 昌教) 行くぜ、嘉手納基地 今回案内してもらえることになったのは戦闘機が日々離発着する嘉手納基地。実は劣化ウラン弾がたくさん保管されていることでも有名だ。そんなこんなでもちろん警備も厳重。僕たち部外者は特別な理由(敷地内での業務など)を有するか、もしくは関係者のエスコートがない限り通常は入ることが出来ない。 今回エスコートをお願いしたのはこの基地内で勤務するある日本人女性だ。仮にC
サーモグラフィってあるだろう。体温分布がレインボーカラーで図表示され、熱い者はより赤く、寒き者はより青く見えるというあれだ。 そのサーモグラフィぶりを、この冬、セーターに編みこんでみたらどうだろうか。ただでさえ毛糸は暖かなうえ、視覚的にもより暖かく見えてお得なのではないか。エコロジーにも貢献の一着だ。 (乙幡 啓子) 体温データにはまったく基づいておりません しかしサーモグラフィってどんなのだったっけ。と思い、あらためて画像検索してみた。レインボーカラーではないものもあるが、見慣れたものといえばやはり7色のあれだ。いちばん低い温度の青色から高温の赤色まで徐々に変化する、下写真左の図たちだ。 しかしこれらのサンプル、そのままではセーターにしにくい図柄。なぜかといえばブラ紐のあとがくっきり写っていたり、おじさんの3段腹の谷がまるわかりな色分布だったりするのだ。そんなの着れないじゃないか。 よっ
いわゆる感動系FLASHというやつは、そうと分かっていても見るたび感動してしまうくせものである。情緒に訴える文章、音楽、そして画像。手口は分かってる。でも泣いちゃうのだ。 じゃあそれらの構成だけ借りてきて、まったく感動しないお話を流したらどうなるんだろう。うっかり泣いたりするんだろうか。 長々と書きましたが、前回の「BGMで盛り上げたい」という記事のつづきです。 (text by 三土たつお) 画像の説得力を足す 歌詞をただ眺めるよりも、歌として聞いたほうが感動が強まることはよくある。それはなぜか。文章に音楽の説得力がプラスされるからだ。 同じように、歌をただ聞くよりも、映像と合わせてPVのようにして視聴したほうが感動が強まることがある。もちろん映像の説得力がプラスされているからだろう。 今回は、文章+音楽+画像で、中身のない内容をむりやり盛り上げてみたい。まずは、前回の記事で取り上げた犬
今年もこの季節がやってきた。浮かれ電飾の季節だ。 さて、今年はどこの街に行こうかと考えていたところ、あるかたから「うちの街の浮かれっぷりを案内しますよ」という趣旨のメールをいただいた。これはありがたい。地元住民ならば近所の浮かれ具合には詳しいだろう。一緒に浮かれぐあいを笑おうじゃないか。 当初は気づかなかったのだ。まさかそのご本人も浮かれているとは。 (text by 大山 顕) ■いつか怒られるんじゃないかと思っていたが 今回で4回目のこの「浮かれ電飾を鑑賞する」シリーズ。(→【2004年】【2005年】【2006年】)申し訳ないが、浮かれ電飾を褒め称えるものではない。そもそも「浮かれ電飾」っていう言葉からしてなんだし。 そういうスタンスのぼくを、浮かれ電飾を自らプレイしている方が招くとはどういうことか。そうとう器量が大きいのか、はたまた何かの罠か。防弾チョッキとか必要か。それはどこに売
BGMは偉大だと思う。 映画やドラマなどで、背景音楽のないものは考えられない。音楽が映像に添えられることによって、情感がより豊かに伝わってくる。 ところで、特に情感の必要のないものに無理やり音楽を添えてみたらどうなるんだろう。たとえば公共施設での案内文とかでも、そのメッセージがより分かりやすく伝わったりしないだろうか。 あるいは、たいして中身のない文章でも、音楽によって感動的になるのかもしれない。いくつか試してみました。 (text by 三土たつお) 案内文に音楽をつけてみる 公共施設に書かれているメッセージは、もちろんそこにいるすべての人に正しく伝えたいことに違いない。 たとえば右上に載せた「お願い」のメッセージ。これは東京メトロという地下鉄会社からのメッセージだが、これに音楽をつけることで、より強くその内容が伝わることがあるかもしれない。ためしにやってみたので、すぐ下の「スタート」ボ
いきなり『ドキュメント』と書いたが、当サイトの記事はほとんどがドキュメントである。だからわざわざドキュメントであることを記す必要はないのだが、ちょっと今回は『ドキュメント』とか『実録』とか名付けたいような出来事が起こった。 ライター暦5年、一向に文章がうまくなる気配のない不肖・梅田カズヒコがなんと俳句の会(つまり句会)に誘われてしまったのである。自作の句を発表して、皆で評価し合うあの句会にである。あのいかにも高貴な感じのする句会にである。 しかも、なんたることかその場のノリで「行くよ」と言ってしまった。これはまずい。ピンチである。 俳句なんて小学校の授業で何度か書かされた程度だ。子供の頃は文章の世界を生業にすると思ってなかったし、僕はそういうことは本当に苦手なのだ。今の僕を考えると、みんな信じないかもしれないが、僕は理数科だった。国語が一番の苦手教科だ。 「ライターさんだから、きっといい句
先日、研修にいったところ、大局的にものを見よ、という話を聞いた。目先の事象にこだわるのではなく、全体を俯瞰して判断せよということである。 日々の業務に追われ、近視眼的になっている僕としてはたしかにそうだと思わせる言葉である。 ビジネスにおいてもそれ以外にもおいても、この教訓は生かせるのではないか。 困ったら遠くから見ればいいのだ。(林 雄司) カメラがとらえたどうでもよくなる瞬間! 高いところに登ると人が小さく見えて、自分の悩みなんてちっぽけなものだとつぶやく。手垢がつきすぎた表現だが、遠くから見ることの効能を端的に表した表現ではある。 そこで、ちっぽけな悩みを用意した。
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