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文化系に関するfarce-a-gogoのブックマーク (11)

  • はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました - はてなの告知

    はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました 以下のエントリの通り、今年末を目処にはてなグループを終了予定である旨をお知らせしておりました。 2019年末を目処に、はてなグループの提供を終了する予定です - はてなグループ日記 このたび、正式に終了日を決定いたしましたので、以下の通りご確認ください。 終了日: 2020年1月31日(金) エクスポート希望申請期限:2020年1月31日(金) 終了日以降は、はてなグループの閲覧および投稿は行えません。日記のエクスポートが必要な方は以下の記事にしたがって手続きをしてください。 はてなグループに投稿された日記データのエクスポートについて - はてなグループ日記 ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 2020-06-25 追記 はてなグループ日記のエクスポートデータは2020年2月28

    はてなグループの終了日を2020年1月31日(金)に決定しました - はてなの告知
  • 2007-01-02 - 空中キャンプ

    (内容に触れています) 歌舞伎町にて。諸事情ありつつも、けなげにがんばった市川由衣にはぐっときました。リアリティあってよかったですよ。この映画にはいろいろとかんがえさせられました。それは、人がひとりの相手を選ぶ、という行為のむずかしさについてである。男が女を、もしくは女が男を選ぶ場面において、その動機が純粋であるとか不純であるといった基準はあまり意味がないのではないか、といったことをかんがえました。 劇中、市川は、ふたりの男のうちどちらかを選択しなければいけない。ひとりは玉山鉄二、もうひとりは成宮寛貴。市川はどちらかの子どもを身ごもっている。玉山も成宮も、ともにミュージシャンである。ふたりとも男前であるため、ルックスは同等とかんがえても、市川がどちらを選択するのかという基準は、おおよそ以下にまとめられるとおもう。 人間性 成功度 収入 愛情 妊娠を告げた時の反応 まずは玉山の場合。 冷たい

  • 空中キャンプ - すべてのものが性的であるならば

    他人にはあまり話していないことだが、僕は医者に通っている。性欲がつよすぎるのだ。性的な欲求が、自分自身で抑制できる範囲をすっかりこえてしまったため、専門医のところへ通って治療している。治療の効果については、よくわからない。性欲はまったく減退していないが、治療そのものは続けている。治療とはたいてい、そのようなものだと僕はおもう。にきびができたとき、僕はクレアラシルを塗ったけれど、それが効いているのかどうかについてはよくわからなかった。治療とはある種、呪術的な要素を含んでいるのだと僕は想像する。人は僕のことをわらうが、性は誰にとってもいささかむずかしい問題である。僕はただ、その取り扱いに多少の困難があるだけだ。それを恥じてはいない。 「先生、もうがまんできません。だってほら、あの女性、服の下は全裸です」と、僕はいった。先生は、蝶の羽化をながめる子どものような目で僕をみてから、手元のノートにいく

  • 日本のサブカルは今年もますます「痛み」や「悲劇」から遠ざかりました - MIYADAI.com Blog

    ──────────────────────────────────────── 「死にオチ」作品が溢れる日。少しも痛みを感じない。真に痛いのはこちらに突き刺さってくる悲劇のみ。真の悲劇を映画『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』に見出す ──────────────────────────────────────── 【だらしない「死にオチ」を越えよ】 ■過去8年間、年末になるとTBSラジオで宮崎哲弥氏と一緒に年間音楽の総括番組『M2:J-POP批評』を放送し続けている。実は「J-POPは終った」は三年前の物言い。今や常態なので話題にもならない。以降は番組名に反して映画漫画テレビをも取り扱ってきた。 ■番組で私は、年間の音楽映画漫画などのサブカル全体を一言で括ることにしている。昨年は「主語の欠落」。誰が主語であってもいいような入替可能なモチーフの隆盛を言う。今年は「痛みの欠落

  • 認知的不協和とは サイエンスの人気・最新記事を集めました - はてな

    心理学の用語。 1975年、アメリカの社会心理学者フェスティンガーが提唱。 人は何らかの物事に遭遇した場合(認知)、それが自分が持っている「認知」と相容れない場合(不協和)、 その「不協和」を解消しようとすること。(不協和の逓減) 不協和の逓減《ていげん=しだいにへらすこと》には以下の3つがある。 「認知」を変える(現実を変えたり、考えを変える) 「認知」の重要性を低くする(事実を軽視したり、無視する) 新しい「認知」を追加する(屁理屈や問題のすりかえ) 1や2のように、「変化」をさせたり「否定」をすることはコストが高いため、 実際には、3が選択されることが多い。 このタグの解説についてこの解説文は、すでに終了したサービス「はてなキーワード」内で有志のユーザーが作成・編集した内容に基づいています。その正確性や網羅性をはてなが保証するものではありません。問題のある記述を発見した場合には、お問

    認知的不協和とは サイエンスの人気・最新記事を集めました - はてな
  • 二十世紀後半の青春(庄司薫さん講演 速記録)

    Last Update: 2001.12.06 二十世紀後半の青春(庄司薫さん講演) 1977.11.10 17:40~19:50 宮城学院大講堂にて きょうはお招き頂いて非常に光栄に思います。大勢の方の前でしゃべ るのが下手で・・・・・・初め大きい声を出したこともあるんですけど、 ニーチェという人が、声の大きい人物にデリケートな問題は考えられな いという・・・(笑) ぼくもあの大きい声でやりますと当に内容が 大変大げさになるということに気がついて、以後、無理はしないことに しているんですけど当にきょうは女性が多くて・・・ さきほどモロ ズミ先生と控え室でお伺いしていて・・・ 初めて、あのー、大学祭の 講演というのにまいりましたのは、もう8年も前になるんですが・・・ 丁度、最初に行ったのがモロズミ先生の女子大でございまして、その 時、あの、大学祭実行委員会からお手紙をもらいまして、当日

  • プログラムピクチャー - Wikipedia

    出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2015年10月) プログラムピクチャーとは、かつて日映画の全盛期と言われた時代に、特定の映画会社が製作・配給・興行を一手に支配して、映画館で上映する作品もブロックブッキングで映画会社が決定権を握り、その年間の上映日程が映画会社のスケジュールに沿って上映されるその形態、並びにそのようにして上映される映画をさす。 概要[編集] プログラムピクチャーの定義は複雑で、B級映画と同じように用語の使い方によって微妙にズレる場合がある。 公開年間番組(プログラム)を埋めていく作品(ピクチャー)をさす[1]。 予定の番組を埋めるために作られる映画のことで、商品としては並みの作品のことになる[2]。 アメリカで1910年代半ばから使われるようになった興行における番組の中心、

  • 希望は戦争 - 狂童日報

    格差社会論も傷気味と思っていたところに、『論座』1月号に赤木智弘「「丸山眞男」をひっぱたきたい」という文章を読んだ。大げさじゃなく、この1年の格差社会論で最も刺激的で面白い論文だった。 今までの格差社会論の多くは、「真面目に働く庶民」を前提とした「新自由主義」「勝ち組」批判が多かったし、フリーターやニートの問題も、「新自由主義」「勝ち組」と呼ばれる層が批判の矛先になっていた。しかしこの現役フリーターを自称する赤木という人は、「真面目に働く庶民(=労働者)」を敵視する。自分を「弱者」であるとためらわず自己定義し、怠惰なのではなく「不幸な世代」であるだけだと訴える。そうして彼は主張する。いま「平和な社会」の維持を語ることは、定職と家庭をもつ上の世代の豊かな生活を維持し、若者を家庭ももてないような弱者にとどめておく、現在の状態を維持することでしかない。それに比べれば、国民全員が平等に苦しむ戦争

    希望は戦争 - 狂童日報
  • 私は出ていかない: 「好きになった」

    連合赤軍あさま山荘事件 1972年 「テッポウを撃つなら私を撃って下さい」 泣き声の主は人質の母親 犯人グループの親たちもカメラの前でマイクを取って説得に当たった 「マーちゃん、もし中にいたら聞いてちょうだい。私達はね。警察に呼ばれて来たのじゃないのよ。警察のためではないの。誤解しないで。親として見ておれないのよ。私は親だから、どうしても生きてもらいたいの。今のままじゃ、あんた達が浮かばれないと思うの。あんたたちにもプライドはあると思うのよ。格好悪いかもしれないけど、できにくいと思うけど、頼むから出てきて欲しいのよ、マーちゃん。私はあんたたちの一途な気持ちが誤解されるのが悔しいのよ。このままじゃ凶悪犯人と同じじゃないの。世の中、社会を思って、自分を犠牲にして一生懸命やってきたのじゃないの。世の中を良くするためにやってきたんじゃないですか。このままでは、あなたたちが浮かばれない気がするの。せ

  • ランチメイト症候群 - Wikipedia

    この項目では、心理傾向としてのランチメイト症候群について説明しています。2018年制作の日映画については「ランチメイト症候群 (映画)」をご覧ください。 ランチメイト症候群(ランチメイトしょうこうぐん、ランチメート症候群とも)とは、精神科医の町沢静夫によって名付けられた[1]コミュニケーションの葛藤で、学校や職場で一緒に事をする相手(ランチメイト)がいないことに一種の恐怖を覚えるというもの。項目では類似の概念であるひとりじゃいられない症候群も含めて解説する。 概要[編集] ランチメイト症候群という名称は、町沢静夫に相談を訴えた者が、事をする相手のことをランチメイトと表現したことから着想を得た呼び名であるという[2]。学会に認められた症状名や病名ではないが、2001年の4月頃から報道で取り上げられたことでこの呼び名が広まった[2][注 1]。 相談の内容は主として、一人で事すること

  • ガルシア・マルケス活用事典

    【ガルシア・マルケス】Gabriel García Márquez 1927- コロンビアの小説家。1982年度のノーベル文学賞を受賞。サンタ・マルタに近い小さな町アラカタカに生まれ、ボゴタ大学で法律を学んだ後、ジャーナリズムの道に入ってローマ、パリに在勤。1955年に中編『落葉』を発表してから、同じく中編『大佐に手紙は来ない』(1961)、短編集『ママ・グランデの葬儀』(1962)、中編『悪い時』(1964)などを経て、20世紀小説の最大の収穫の一つと言われる『百年の孤独』(1967)を世に送った。[…] 平凡社『ラテン・アメリカを知る事典』より

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