日本国家や日本人という概念は、ただ放っておいても存在するという性質のものではない。われわれが日本人になっていくという努力、日本国家を保全、発展させていくという努力を怠ったら、途端に内側から崩れていく。 政治権力や武力だけで国家を維持しようとしてもそれが不可能であることは日本の歴史が教えてくれる。特に14世紀の南北朝の動乱について検討してみれば、そのことがよくわかる。政治的、軍事的、経済的に北朝と足利幕府は圧倒的に強かった。しかし、北朝側には正しい思想がなかった。 当時の北朝側政治エリートや知識人の間で影響をもったのは、南北朝の動乱が始まる百年少し前に天台座主を務めた傑出した知識人である慈円が著した『愚管抄』(1220年ごろ成立)である。愚管抄は中国の『礼記』の百王説を採用した。どの王朝も百代までしか続かないというのは普遍的法則で日本にも適用されるというドクトリンだ。現代流に翻案する