2006年10月23日10:00 カテゴリLove 思う>言う>行う 「したくなる理由」は「するだけの理由」にはならないというのが、「自由」を理解する最初の一歩であるはずなのだが。 煩悩是道場 - あなたは他人を「死ね!」と思った事は無いのか たくさんの人が、福岡で起きたいじめの「悪者・犯人」をつくろうとしているわけですが「いじめられるだけの理由」も思うわけです。かれは、頭も良く成績もトップクラス、いじめた側にしてみればハナにつく存在に見えたのかもしれないですよね。 もし「したくなる理由」を「するだけの理由」として認めれば、小は学校のいじめから、大は民族虐殺まで我々は認めなければならなくなってしまう。そしてそれは、民主主義の「基本」である多数決の原則では導けない。なにしろ多数が少数を弾圧するのだから、多数決による結論が正しい結論であることを認めるのであれば、それはやはり正しい結論ということ
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