1914年、世界大戦勃発。岸本は戦火のパリから、フランス中部の田舎町リモージュへ逃れる。そこへ、ビヨンクールの老婦人の亡くなったしらせが届く。彼女は英語を話す親日家で、岸本がフランスへ着いたばかりの頃、最初に彼を迎え入れた人であった。また、彼女の姪が日本人と結婚するにあたって、岸本が相談に乗ったのもこの老婦人であった。 知らない国の人が亡くなったとも思われないような力落としを感じながら、岸本はひとりでサン・テチエンヌの古い寺院(おてら)のほうへ歩いて行った。 ちょうど死者のための大きな弥撒(メス)が行われているところであった。ヴィエンヌ川の岸に添うて高く岡の上に立つその寺院は、ゴシック風の古い石の建築からして岸本の好ましく思うところで、まるで樹と樹の枝を交叉した林の中へでもはいって行くような内部の構造まで彼には親しみのあるものとなっていた。よく彼はそこへ腰掛けに来た。その日もあの亡くなった