名護市の米軍キャンプ・シュワブゲート前では14日午前、新基地建設に反対する市民らの抗議行動が続いた。米退役軍人の平和団体「ベテランズ・フォー・ピース」のメンバーらも加わり、ゲート前や沿道に約100人が集まり、歌を歌い抗議の意志を表した。
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「良いとも悪いとも言えない」「コメントは控える」-。報道機関への圧力を求める発言が出た自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」の出席者の一部が27日までに、共同通信の取材に応じた。言論の自由への配慮を求める声もあったが、個別の発言についてコメントした議員はいなかった。 「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」などと述べた作家百田尚樹氏の発言を「彼一流のジョーク」と評価したのは白須賀貴樹氏(衆院千葉13区)。「勇ましい発言が続いたので、私はもう少しソフトな言葉を使った方がいいと言ったが、報じられなかった」とこぼした。 終了10分前に入ったという鬼木誠氏(衆院福岡2区)は「人の発言だから、ちょっと控えます」と答えた。一方で「沖縄の2紙がひどいとは思う」と話し「実際に読んで検証していないので、あくまでもイメージですよ」と付け加えた。(共同通信)
陸上自衛隊の駐屯地は旧日本陸軍の跡地を居抜きで使っている例が多い。東部方面総監部のある東京都の朝霞駐屯地はかつて振武台と呼ばれ、陸軍予科士官学校があった。敷地内には展示館の「陸上自衛隊広報センター(りっくんランド)」が開設されているが、旧軍関係の展示品は一切なく、別の施設である振武台記念館に乃木希典大将の掛け軸や昭和の軍礼服などが展示されている。 第15旅団が配備されている那覇駐屯地は、沖縄が本土復帰した1972年に開設された旧軍とは無縁の施設である。筆者も訪れたことがある広報資料館「鎮守の館」には沖縄戦を指揮した第32軍の牛島満司令官の軍服や沖縄戦のジオラマがある一方、自衛隊による災害派遣や急患輸送のパネルなども展示され、旧軍と自衛隊が渾然(こんぜん)一体となっている。ナレーションで旧軍を「わが軍」と呼ぶのは不適切であり、違和感しかなかった。 太平洋戦争で地上戦が行われ、4人に1人の県民
陸上自衛隊の駐屯地は旧日本陸軍の跡地を居抜きで使っている例が多い。東部方面総監部のある東京都の朝霞駐屯地はかつて振武台と呼ばれ、陸軍予科士官学校があった。敷地内には展示館の「陸上自衛隊広報センター(りっくんランド)」が開設されているが、旧軍関係の展示品は一切なく、別の施設である振武台記念館に乃木希典大将の掛け軸や昭和の軍礼服などが展示されている。 第15旅団が配備されている那覇駐屯地は、沖縄が本土復帰した1972年に開設された旧軍とは無縁の施設である。筆者も訪れたことがある広報資料館「鎮守の館」には沖縄戦を指揮した第32軍の牛島満司令官の軍服や沖縄戦のジオラマがある一方、自衛隊による災害派遣や急患輸送のパネルなども展示され、旧軍と自衛隊が渾然(こんぜん)一体となっている。ナレーションで旧軍を「わが軍」と呼ぶのは不適切であり、違和感しかなかった。 太平洋戦争で地上戦が行われ、4人に1人の県民
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