昨晩はなぜか、いつもに増してあまえんぼだったチビたん。 窓を開けたら雄叫びをあげて入ってきて、しばらく興奮状態でした。 なんだったんだろ。 んで、ヨシヨシしながらあれこれ触って遊んでました。 そういえば、先日病院に行ったときに、歯は大丈夫ですかぁ~って言われて歯を見せたら新人先生が驚いてました。 タヌキの口に手を入れられるのがすごい!って。 そら、普通に飼ってるんたから大丈夫でしょ。 って思ったけど、ワンコでも口を触れない子もいるんだし、驚くのも無理はないか。
1:以下、名無しに代わりましてVIPがお送りします: 2015/08/12(水) 15:40:07.957ID:grHgbD7O0.net
フランスパンとかはべつに興味がないので割愛。 まず佐野研二郎氏のデザインとオリビエ・ドビ氏のデザインを並べて、元の構成要素(四角や丸など)をトレースする。(微妙なズレとかは気にしないように) 色の要素を排除する。 正方形を基準に、同一のサイズにする。 これでわかるのは 佐野デザインはハシラ、円、正方形の3つが不可分の関係にある ハシラがどっしりと太い 円はドビデザインより小さく、そのため四隅の、アールのついた三角形がより大きい つまりパーツが大きく、全体に力強さと安定を感じさせる ドビデザインは全体がその逆で、ハシラも細く、四隅の三角形も小さい こうやってみると、それぞれのデザインが違う方向を向いていることがわかります。 つまり 佐野デザインは力強さやエネルギーといった「スポーツ」を印象づける方向 ドビデザインは繊細さや想像力といった「アート」を印象づける方向 のように見える。 結論 まぁ
神戸市は11日、ルーレットやマージャンなどのゲームを介護予防に取り入れた「アミューズメント型通所介護(デイサービス)」について、一部を規制すると発表した。 市によると、娯楽性の高いゲームを機能訓練に取り入れた施設が各地で増え始めている。パチンコやマージャンの専用設備を備え、高齢者に長時間、遊ばせるようなところもあるという。 市は、遊技場のような雰囲気の中で常時遊ばせる通所介護は、本来のサービスとかけ離れているなどと判断。施設内で終日ゲームで遊ばせる機能訓練や、ギャンブル性を強める疑似通貨などの使用を規制する方針だ。市によると、こうした規制は全国初。9月定例議会に事業者の指定に関する条例の改正案を提案する。 久元喜造市長は「ゲームは頭脳や体の活性化につながることもあり、全てを否定しないが、機能訓練として一日中パチンコやマージャンをさせるのは、本来の趣旨に沿ったとは考えられない」と話した。
8月26日発売の『世界の辺境とハードボイルド室町時代』は、人気ノンフィクション作家・高野 秀行と歴史学者・清水 克行による、異色の対談集である。「世界の辺境」と「昔の日本」は、こんなにも似ていた! まさに時空を超えた異種格闘技の様相を呈す内容の一部を、HONZにて特別先行公開いたします。第1回は「高野秀行氏による前書き」と「かぶりすぎている室町社会とソマリ社会」について。(HONZ編集部) はじめに by 高野 秀行 私はふつうの人が行かないアジアやアフリカなどの辺境地帯を好んで訪れ、その体験を本に書くという仕事をしている。こんなことで生活できるのはありがたいと思うが、一つ困るのは話し相手がいないことだ。 たとえば、ここ5年ほど通って取材を行っているアフリカのソマリ人。彼らは数百年前から続く伝統的な社会システムを現在でも維持しており、それに従って内戦も和平も恋愛 も海賊行為も行われている。
「規律は良好」「準備された防御体制下では死ぬまで戦う」「射撃下手」「予想外の事態が起きるとパニックに」……あの戦争の最中、米軍は日本兵について詳細な報告書を残していた。”敵”という他者の視点から、日本人には見えない問題をえぐった話題の書、一ノ瀬俊也『日本軍と日本兵 米軍報告書は語る』より「第二章 日本兵の精神」を特別公開します(全3回)。 日本兵の戦争観 対米戦争についてどう考えたか この章では、米軍のみた日本陸軍兵士(捕虜となった者も含む)の精神や意識のかたちについて、士気や死生観、そして性の問題にも注目しつつ考えていきたい。兵士たちはこの対米戦争の行く末をどう考えていたのだろうか。 先にとりあげた元捕虜の米軍軍曹(*)は、IB(**)1945年1月号「日本のG.I.」で日本兵たちの言動を次のように回想している。 *この軍曹は日本軍の捕虜になり、戦争中に解放された。1年以上共に暮らした日
誰も知らない「モンペ」の謎〜なぜこれが女性の「国民服」になったのか? 【特別公開】井上寿一=著『戦前昭和の社会』2 戦時中の女性の服装といえば「モンペ」のイメージがある。しかし、モンペはその当時でもすでに古臭く、ダサかった。多様なファッションを謳歌していた日本の女性たち。なのに、なぜモンペは国民服となったのか? 女性たちのファッションの変化から、戦争が「格差」を平準化していく様を描く。 (*井上寿一『戦前昭和の社会 1926-1945』より「Ⅳ章 カリスマ待望と戦争」を4回に分けて特別公開) エプロンからモンペへ エプロン姿と洋装のあいだ モンペ姿がためらいがちに銀座に現われたのは、日中全面戦争勃発から約一年が経った1938(昭和13)年7月4日のことだった。 『東京朝日新聞』が報じている。「銀座にもんぺ隊/息づまる雨の重圧が薄らいでホッと一息ついた形の四日夜の銀座へモンペ姿の少女の一群が
イタリアのスーパーカー、ランボルギーニを人気動画「Nyan Cat」仕様にした「ニャンボルギーニ」が誕生しました。エンブレムまで特注するこだわりようです。 ニャンボルギーニ(SEKANSKINの公式Facebookページより) 手掛けたのはカナダのトロント近郊でカーラッピングサービスを提供するSEKANSKIN。Facebook公式ページに、全体を青く塗装し、側面から背面にかけて「Nyan Cat」に登場する猫をあしらった「ランボルギーニ ウラカン LP610-4」の写真を公開しました。 写真を見ると、通常はエンブレムに刻印されるのは猛牛ですが、そこには猫のシルエットが。さらに、ランボルギーニではなく「ニャンボルギーニ」と書かれています。 エンブレムがネコに ドイツのカーライフ情報サイトSPEEDHEADSによると、この「ニャンボルギーニ」を依頼したのは、カナダ出身のミュージシャンでDJの
古い町並み古い路地、昭和な感じの商店街、看板建築、街角の町名表示板・・・なつかしい風景をもとめて東京中を歩きます。
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