まとわりついて話しかけた。立ちはだかって行く手をふさいだ。かっとなって怒鳴りつけた。泣きわめいた。腕をつかんで揺さぶった。相手の顔がすこしゆがんだ。アテンション、と彼女は思った。いまこの人は、私を見た。私に注意を向けた。それをひどく嬉しく感じるのはおかしいことだと、そう思わないこともなかった。けれどもそれはバックグラウンドに流れるだけの感覚だったし、より大切なことのために早急に処理された。彼女は夫の目を見て言った。話をして。夫はため息をつき、彼女の腕を振り払って寝室に入った。しがみついて噛みついて殴りつける映像が彼女の脳裏に行き交った。 彼女は息を吸い、息を吐いた。からだが震えていた。てのひらを見た。彼女は自分の衝動や欲望を見逃す人間ではなかった。それは確実に彼女のなかにあり、今しがた急激に育って、天井ちかくから彼女を見下ろしていた。夫を殴りたかった。そうではない。殴りたい。過去形ではない
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