奴はやたら三点リーダを使う ~が気になるなど… ~と思う程度には… ~と思うなど… とにかく書く文章が余韻たっぷりで文章だけでもキモチワルイ 結局何が言いたいんだよっていつも思う
ウジテレビ、アカヒ新聞、チョンなどの蔑称を使う人がいる。 それはその対象のものに正対することができず、うがった見方しかできないということの証拠である。 その人が書く文章は読むまでもなくさげすみ、おとしめる内容で、かなり一方的な偏った内容となる。 だから文章に蔑称が出てきた時点でそれ以降読まないようにしている。 私は蔑称を使わない。蔑称が嫌いだ。 しかし特定の人が蔑称を使うことで、その人のかなり偏った思想が見えてくることもある。 蔑称があることでその文章を読まなくて済む。 そういった意味では蔑称が好きなのかもしれない。
アニメを見てると「なんだこの子供だましは馬鹿馬鹿しい」と思うようになった。 同時に「こんなくだらん事をしてる時間があったら睡眠時間を確保した方がマシかも」とか「資格の勉強でもしたらどうなんだろうか」とも思ってしまう。 昔は多少つまらないアニメでもだらだら流し見出来たのにこの所は「くっだらねーうっざ」と途中で切ってしまう。 かといってドラマや小説も楽しめない。 どれもくだらない子供だましに見えてしまう。 物語の基本的なパターンは味わい尽くしてるので先の展開がある程度読めてしまい名場面になるはずの所で「知ってた」という気分にしかなれず盛り上がらない。 どうしようか。 物語を消費することが出来ない人間に変わってしまったようだ。 昔は大きくなってもずっとアニメ見て小説読んでそれでハッピーだと思っていたのにいつの間にかそれらが楽しめなくなった。 なにをすればいいんだろう。 ただ毎日寝て起きて飯食って
警察官志望の友人が世間知らず過ぎて怖い。 警察官になって大丈夫なのか不安。(友人がじゃなくて友人周りの仕事で関わる人が) 例を挙げてく。 ・友達0人 まず友達が0人。本人曰く友達になるには自分の中のハードルがあってそのハードルを超えた人が友達認定されるそうなんだけど、ハードル上げ過ぎて20歳を超えた今までの人生で友達0人。しかも友達0人を自慢してくる。 当然友達付き合いを理解してないから俺になんでもかんでも頼んでくる。ゲーム実況したいから機材揃えるのよろしくから始まって最近ではネットオークションに出品したいからお前やってまで。ゲーム実況の機材なんて安くても万超えるしゲーム機本体も俺のを使うしコントローラーも用意させるし。なんでもかんでも人頼み。自分でやってよとあしらうと「おれそういうのわからないから」とかなんとかいって自分でやろうとしない。 ・親頼り生活 家柄にもよるから親頼りが悪い訳じゃ
大量にスターのついてるコメントが貧民の嫉妬丸出しで笑える。 dobonkai 4000万稼いだ以降、仕事する気が起きないならその仕事をワークシェアリングでもして長期バカンスにでも行けばいいじゃん。 そんな簡単にシェアできたら苦労しねェよ。 つか1年で4000万の価値を産める奴をバカンスに出してどーする。 税収もGDPも減るぜ? shufuo そんだけ稼げば当然だ。治安維持ってのは金持ちのためにあるんだからな。安全はタダじゃないのさ。 ちがうだろ、多くの行政サービスは貧民のためにある。 税金を多く払ったから享受できるというサービスは無い。例外は最近出てきたふるさと納税ぐらいか。 serio 金を稼いでいる人が、より努力をしたり能力があったりすることは確かだ。だが大きな格差が適当と言えるほどの努力や能力の差があるとは思えない。増田は平均より10倍の努力と高い能力があると自信を持って言えるか?
お正月に久しぶりに実家に一泊してきた。 テレビを見ながら「この子は歳のわりには老けてるわね」とか「この人の子供障害あるんでしょ?」とかどうでもいいdisを延々と続ける両親たち。 初詣に行くにも、混雑している道のど真ん中で何度も何度も急に立ち止まって談笑し始める両親たち。 杖をついて歩いている他人のおじいさんを指差して笑いながら「私もあと数年後にはあーなっちゃうわぁ」とケラケラ笑う母親。 「今の人見た!?歳いってるのに凄い若作りな格好!!」と本人に聞こえるような大声で笑う父親。 どこに行くにも、何をするにも他人を下げることから始まるコミュニケーション。 育ててくれた両親には感謝はしている。 しかし、この人達が仮に学校の同級生であったならば はっきり言って仲良くしたくない。距離を置きたい。 血のつながった家族といえど、性格がまるであわない。 私の両親は昔からこんな人達だっただろうか。 もっとま
呼吸するように嘘をついて生きてきた。 親(第一子で早熟だったのでわりと高い水準を求められたから?)や教師からの自己保身のためと友達を励ますため(これも人が悲しむのを見たくない→面倒なことは避ける→自己保身)の嘘のどちらか。どちらのタイプも半分ぐらいは自覚がない。現実と願望がごちゃ混ぜになっていて自分では現実だと思っていたことが客観的に見ると嘘なのだ。 それだけでなく他人が自分の中に侵食してくる感じがしてゾッとするので、自分の感情や趣味について他人に話せない。 物心ついたときから今まで自分の人生は嘘と隠し事だらけだ。 自分で言うのもなんだがかなり嘘をつくのがうまいのであまりバレることはないのだが、それでもたまにバレたときには親にすごく悲しまれたり怒って殴られたりした。それでも嘘がいけないと思うことはない。今でも嘘がいけないのではなくバレるような嘘をつくことがいけないのだと思っている。 嘘をつ
イエスはユダヤ教の教えを否定してない。 「律法学者ではなく、神に帰依すべき。大切なのは信仰」 と説いただけ。 本人的には、自分こそが正しいユダヤ教徒のつもりだった。 イエスの死後400年、キリスト教は偶像崇拝に傾倒し、人々はイエスやマリアの像を拝むようになっていた。 イエスは神の子にしてヒトなのか、イエスは神なのか、マリアはキリストの母なのか神の母なのか、そんなことばかり大真面目に議論してた。 そんななか登場したのがムハンマド。 「いやいや、イエスが言ったように大切なのは信仰。偶像とか、イエスは神の子とか、そういうのはやめるべき」 と説いた。 ムハンマド自身はイエスの教えを否定してない。 で、今はこんなわけだが。 もうちょい仲良くしろよお前ら。
地獄の絵を描きたいからといって、娘を車に乗せて焼き殺してはならない 驚いた人の写真集を作りたいからといって、道行く人に向けてクラッカーを鳴らしまくることがあってはならない それは表現の自由に優先する そこで行くと、例のJK絵は黒寄りのグレーだと思う 人が人をじろじろと観察することは迷惑な行為である しかし、「いやらしい目で長時間見ていたのだろう」「盗撮をもとに絵をおこしたのかも」というのは想像と可能性の話だ 壱川氏が周りの人や警察に「お兄さん何やってんの?」と言われていたらその時点でこの絵はブラックだったが、 幸か不幸かそんなことにはならなかった 肖像権に関してもグレーであると思う しかし、絵より問題なのはその後の壱川氏の行動だ 制服から学校と地域を特定可能なように描き、絵に対してなのかモデルの子に対してなのかはっきりさせずにきわどい感想を寄せる これはとてもまずい 実際、壱川氏の絵のモデ
一日、あまりに鬱屈としているウェブを見ずに転部のための勉強 つまりはTOEFLの勉強をしたがいつもより気分が良かった。 土曜日の夜に神田橋に立って川面を見ているときと同じくらい落ち着いていた。 今度は朝日新聞の記事をネタにして不毛な議論をしているようだ。 妊婦はマタニティマークを付けるのを恐れているという記事だった。 自分はマタニティマークを見ても譲らない。 立っていたら、おっかなそうな老人は座らせるけど、妊婦には譲らない。 自分がその妊婦に勃起しても譲らない。勃起させる力を持っていることが腹を立たせなおさら譲ろうとは思わなくなる。 とりあえず、朝日新聞の記事がどのくらい真実なのか確かめる気はないが、その記事を鵜呑みにしたうえでのはてブを見ると呆れるものだった。 大抵が「妊婦に優しくしないものは死ね」だ。極稀に優しさをみせるものがあったが、大半が妊婦に優しくしないものは死んだほうがよいとい
初めて付き合った彼と別れてしまったんだけど、自分って男の人の気持ちがぜんぜん分からないことが身にしみた。付き合う前は、男なんてエロいことしか考えてないくらいの偏見を持ってて、そんな人間だから長続きしなかったんだなと今更実感してうわーってなってる。どこが好きだとか、どうされると嬉しいだとか、どうして欲しいだとか、そういうのってどうしたらもっと分かるようになるんだろう。注意深く見てれば、私でもわかったのかな。そうだとしたら、余計悔しい。受け身でも積極的にきてくれたのに、私が何も返せなかったのがもううんこっこーすぎてうんこっこーとしか言えない。相手を怒らせて、こっちもカッとなって、バツが悪くなって甘えて、なあなあのまま許してもらうみたいなの、20歳超えてからやってちゃあかんよなー。やっぱり注意深く見るしかないんだろうか。うんこっこーから脱出するために、何かいい方法はないのかな。ツイートする
同性じゃなきゃ愛さない同性愛者は人格より性別で愛をふるいにかけるんだな、と思う。結局は身体至上主義者だ。 子どもが欲しいから異性を愛すると言う異性愛者は理解出来る。理由はある。子どもはいらないが異性しか愛さないという人もやはり身体至上主義者だなと思う。 でもまあそれは自由だ。ただ同性愛者だろうが異性愛者だろうが愛さないなら黙ってればいいのに、愛さないことをわざわざ片方の性別に宣言することが性差別じゃないとなってるのがわからない。 追記 まず性別で恋愛対象を選別することが差別なんだよ。 性別を人格より上位に置いている。 人が人を愛する行為を性差で選り分ける慣習は消えていくべき。 追記2(20:34) ブコメを見るとうまく言いたいことが伝わってないみたいだ。自分は言葉足らずなのでもうちょっと丁寧に書く。 例えば「自分は白人なので白人しか愛せない」「自分は黒人なので黒人しか愛せない」と思うのは人
40歳になった。 20代のはやいうちに結婚もして、子供も作った。 子供が大きくなる頃に離婚して、ひとまわり以上歳下の女と付き合い、別れ、を繰り返した。 食いたいものを食って、世界中旅して、仕事もして、稼いで、税金も払った。 やりたいようにやっていたつもりだけど、なんか人生の楽しみはもうネタ切れかと思ってる。 女を見ても昔のようにときめいたりしない。 口説いてやろう、とも思えない。 遊び飽きたゲームのように、ワンパターンで、驚きや発見というものがない。 40歳は不惑というけれども、気がつくと生きる活力を無くした抜け殻になっているだけだった。 惑わないのではなく、選択肢がなさすぎて惑えないのだ。 これからまだ20年、ひょっとすると40年、同じように時間が過ぎていくと思うとつらい。
田舎の総合病院に赴任して老人を看ている医者だが、独り身の老後は本当に悲惨だと本当に実感した。 結婚もせず、結婚しても子供も持たずに生きようとしている人が今は多いが、現代ですらこの状況なんだから、今の20〜40代が後期高齢者になる頃にはもっと日本も苦しい国になって、間違いなく悲惨な死に方をする老人が増えるだろう。 病院で亡くなる高齢者というのは本当に哀れだ。肺炎だか尿路感染だか認知症だか分からないような状態で運ばれてくる老人がいくらでもいる。そういう高齢者はたいてい重度の認知症を抱えていて、おむつを着けられ、体調を崩したのもあって口からものを食べられず、病院では譫妄を起こして大声を出し続けている。腕のカチカチに固まった細い血管に無理矢理点滴ラインを確保しようとするものだから内出血ばかりで、看護師さんが苦労して確保したラインを自分で抜くものだから、手は縛られ、体もベッドにくくりつけられている。
エンブレムの件以来、いくらなんでもデザイナーやデザイン業界がバカにされすぎてて腹が立ってしょうがない。 普段デザインのデの時も興味のない、センスも何もない奴らがなんで上から目線で叩きを続けてるんだろう。 【互助会とか言ってるけど、互助会に入るためのハードルがどんだけ高いと思ってんの?】 多摩美武蔵美を出てもほとんどはカスみたいなデザイン事務所に就職してる奴らだらけで、 電博に入れるのなんてエリート中のエリートなの。その時点で「選ばれた人たち」なわけで センスのかけらもない一般人のお前らが叩いていい相手じゃないの。 叩きたかったら同じ立場に立ってから叩けよ。 【デザイナーのくせに互助会批判してる奴ってなんなのw】 どうせしょうもないデザイン専門学校とか出てるクソみたいなデザイナーなんだろうけど、 お前らのせいでデザイン全体のレベルが下がってるのでデザイナー面しないでもらえますか?w お前らな
「割り勘にするとか、ありえない」 「デートで散々奉仕させるのは当たり前だけど、セックスしません」 「話つまんない男は嫌い~(低学歴)」 「キープ男からプレゼント買わせるためにデートしてやった、本当はヤリチンのイケメンとセックスしたい。デート中にイケメンに呼ばれたら行くにきまってるじゃん」 こんなの、普通だけど。そして普通にやられてるし、普通に許可されてる。 もちろん、やっていい。女はかわいいから、それだけで価値があるから。 でも、じゃあ平等に扱えってなったら、当然叩かれる。調子にのるなよ?と。 じゃあ、それで女がそうだそうだとなって、割り勘普通、デートは奉仕しあう、話つまらないと言い訳せず話が面白いところ分かるように低学歴はちゃんと勉強する。 これ、男同士なら当たり前なんだけどさ。 こうなるかっていうと、女はならない。 女はここから利益をエルことがめっちゃ大事で。利益を得られるから女の中で
火花が芥川賞を取った お笑い芸人の本だ。一時間で読了したがたいした感想もなかった。芸人をささえる風俗嬢なんて滑稽すぎて反吐がでそうだった。純文学と評されているようだが文体を借りただけで内容はけっして純文学ではない。むしろ現代社会に毒されている記述が多々見受けられた そんなことはどうでもいい。読み物としてはどこにでもある、いわゆるひまつぶし程度の物で嫌いではない。が芥川賞を取るべきかと言われれば断じてNOだ。 文化の商業化がひどい AKBも音楽という服を着ているだけで形骸だ。すこし前にKAGEROUがどっかの本屋大賞をとったがただのダジャレ小説には評するところはひとつもなかった。火花は読み物としてまだ一定の価値があるのだが 文化が資本に侵されている 音楽や小説など村上の言葉を借りるなら常に卵の側に立つべき存在の文化が資本の側にたってしまっている 文明は進歩していかなければいけない。ITや技術
ふと、思いつきでNHKのど自慢をヘッドホンで聴いてみる。 ありとあらゆるサウンド、めちゃくちゃいい音過ぎ! 観客の笑い声、 出場者の息づかい、 バックバンドの「せーの!」って演奏を開始するタイミングのかけ声、 ビックリするぐらい いろいろな活気のある音が聞こえてきてビックリした。 もう、こんな音で聴けたら泣けすぎる! 以前、ここにNHKのど自慢日曜に見るのが最高って書いたときブコメで バックバンドのプロっぷりスゲーってのがあって、 まさに、すごいと思った! いま、日本のテレビで生演奏してるのとかって のど自慢ぐらいしかないんじゃない? これ、よく聴いてみると、 小田切アナウンサーが出場者紹介してるトークと併せて 演奏が開始される絶妙なタイミング! ヘッドホンだと、それ全部聞こえる! 今日は青森県からの放送だったので、 生バンドに三味線と太鼓に人がいて、 めちゃまたよかった! NHKのど自慢
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