「はてな村」 この掴みどころのない村の名前をくちずさむだけでもう、私には懐かしいような恐ろしいような記憶がよみがえってくる。 若々しくキラキラした人たちが闊歩するニュータウンの風景がはてなの全景であるような錯覚を覚える今日ですら、はてな村には十分な村人が残っている。全員が装備しているという「手斧」を投げあうことで彼らはコミュニケーションをとるのだ。 以前私は「街路樹なんて存在意義がない、不要である」と持論を展開したことがあるのだが、そのときは大量の手斧が私のところに飛んできた。街路樹が酸素を作り出している、気温を下げている、日陰ができることでどうのこうのと投げつけられる大量の手斧を振りほどきながら私は大いに恐怖を感じたのを覚えている。 しかし、街路樹で伸びた枝や葉を燃やすことで発生してしまう二酸化炭素を考えるとどのように計算しても、いやそんなことはどうでもいい。 そんな私もはてなに住むもの