首里城を管理する「沖縄美(ちゅ)ら島財団」は2日、耐火性収蔵庫に保管していた収蔵品約1100点は焼失していなかったと発表した。ただ火災の熱や消火活動で傷んでいる可能性があり、専門家を交えて状態確認を進める。 火災では、首里城の収蔵品約1500点のうち、全焼した正殿などにあった約400点が焼失。沖縄…
日本人のための芸術祭あいちトリカエナハーレ2019『表現の自由展』について、施設の利用規約に反するという指摘もありますが、利用規約は、憲法21条の集会の自由を具体化した地方自治法244条2項「普通地方公共団体(次条第3項に規定する… https://t.co/hET5CpPOIg
神戸市の小学校で、教師4人が同僚の男性教師に悪質ないじめを繰り返していた問題で、加害教師4人を休職にして給与を差し止める処分が決まりました。 神戸市の東須磨小学校で、同僚の男性教師に悪質ないじめを繰り返していた教師4人は、現在、有給休暇の扱いになっています。 市民からの苦情を受け、神戸市では起訴される恐れのある職員を休職させた上で、給与の支払いも停止できるようにする条例が、30日施行されました。 条例を受け教育委員会は、弁護士など3人でつくる審査会に、4人を休職にするかをはかった上で、31日に臨時の委員会を開き、満場一致で給与を差し止める処分が決まりました。 休職処分による給与の差し止めは、調査後に決まる懲戒処分とは異なるもので、4人は処分に対して不服の申し立てをすることができます。
ジロウ @jiro6663 よく知らない街でとくに予定がない。◇中井治郎 amzn.to/3N67Aq8 ◇23年春から関東へ。しばしば京都にもおります◇連載 これからの<京都らしさ>bit.ly/3Z3bWT0 ◇お仕事の連絡はDMまで ◇質問箱bit.ly/3Ac667x twitcasting.tv/jiro6663/show/ ジロウ @jiro6663 【京都・祇園 私道の撮影禁止】 そうそう。先日話題になっていたこの件。 報道だけ見てると「マナーを守って」と観光客に呼びかけているように見えるんですが、本音はちがいます。 この看板を立てた地元の本音は「これをきっかけに観光客が来なくなればいい」です。 nikkei.com/article/DGXMZO… 2019-10-27 17:40:21 リンク 日本経済新聞 電子版 京都・祇園は無許可撮影禁止 自治組織が呼び掛け開始 観光客
台風19号の影響で阿武隈川が氾濫した福島県郡山市では、およそ150社が入る工業団地が全域で浸水し、企業からは影響の長期化を懸念する声が強まっています。 決壊した堤防の隣で産業廃棄物の処理などを行う会社「白川商店」では、事務所が入る建物と3棟ある工場、すべてが水につかりました。 工場は最大で2mの高さまで水が入り、粉砕機やプレス機など作業用の機械のほとんどが壊れたということです。 さらに、廃棄物を運搬するトレーラーやクレーン付きのトラックなど17台ある車両もすべてが故障し、車両の被害額だけで1億円以上に上る見込みだということです。 会社は機械の修理を急ぐとともに、中古車を数台購入して来月中旬から部分的に操業を再開する方針ですが、完全に復旧する見通しは立っていません。 この会社の橋本裕社長は、影響が長期化すれば廃業や撤退する企業が増えかねないと危機感を募らせ、「今後やっていけるのか不安だ。行政
1972(昭和47)年に最後の住人が下山し、廃村となった東京奥多摩の集落「峰」。今も山の中にひっそりと残る集落跡を訪れた私と編集者のTは、山を降りた後、往時を知る人がいないか、鳩ノ巣駅周辺で聞き込みをすることにした。(全2回の2回目/#1より続く) 「子供の頃から出入りしていたから、よく知っているよ」 まず向かったのは、駐在所である。お巡りさんに話を持ちかけたところ、その問い合わせ内容に少し戸惑いながらも、向かいにある喫茶店を指さし、ここのマスターなら知っているかもしれない、と先頭に立って歩き出した。そして喫茶店の扉を自ら開けると話をしてくれたが、その親切は実らず、取材の手がかりを得ることはできなかった。時刻はもう13時を回っている。登山の疲れが出始めてきたわれわれは、休憩がてら腹ごしらえをすることにした。 鳩ノ巣駅周辺には飲食店が3軒ほどあり、なかでも繁盛していそうな一軒に決めた。釜飯が
京都の人気の観光スポット、祇園で観光客によるマナー違反が深刻になっているとして、地元の協議会は、周辺の私道での写真撮影を原則、禁止にすることを決めました。 このため、地元の住民や店主で作る協議会は25日から、祇園の、周辺の私道での写真撮影を原則禁止にすることを決めました。 地元の人たちは早速、これまでマナーを守るよう呼びかけていた立て札を、撮影禁止を呼びかける立て札に付け替えていました。 そして、無断で芸舞妓の写真を撮影しないように呼びかけるリーフレットなどを渡して、観光客にマナーを守るよう声をかけていました。 協議会では、写真撮影が禁止になった私道で許可なく撮影した場合、1万円の支払いを求めていくということです。 祇園町南側地区協議会の高安美三子会長は「祇園の情緒を守るために撮影禁止に踏み切りました。マナーを守ってほしいです」と話していました。
25日(金)、千葉県鴨川市ではたった3時間で10月の平年雨量のおよそ7割の雨が降りました。夕方にかけても発達した雨雲がかかるでしょう。土砂災害や河川の氾濫に厳重に警戒して下さい。 25日(金)、関東地方は、湿った空気が流れ込み、広く雨が降っています。特に千葉県には発達した雨雲がかかり、鴨川市では正午までの3時間に160.0ミリの雨を観測しました。観測開始以来1位の値を更新。たった3時間で、10月の平年雨量のおよそ7割の雨が降ったことになります。 午後は、日本の東を北上する台風21号周辺の非常に暖かく湿った空気が流れ込み、さらに大気の状態が不安定になる見込みです。夕方にかけて非常に激しい雨が降る所があるでしょう。土砂災害、低い土地の浸水、河川の増水や氾濫に厳重に警戒して下さい。 気象庁は、千葉県では記録的な大雨になる可能性があるとして、迷うことなく適切な防災行動をとることが重要であると、呼び
エネルギーを語ろう 福島第一原発事故の後、原発推進の旗頭だった関西電力。その役員らが、原発が立地する福井県高浜町の元助役から多額の金品を受けとっていた問題が発覚しました。なぜ、このようなことが起きたのでしょうか。この不祥事は関電の原子力事業や日本全体の電力政策にどんな影響を及ぼすのでしょうか。エネルギー産業に詳しく、原発は必要だという主張をもつ東京理科大学大学院の橘川武郎教授に聞きました。(聞き手=小森敦司) ◇ インタビューのやりとりを紹介する前に、関電問題の経緯を簡単にまとめておきます。 関電の岩根茂樹社長は9月27日、岩根氏自身や八木誠会長を含む役員ら計20人が、関電の高浜原発が立地する福井県高浜町の森山栄治元助役(故人)から私的に金品を受け取っていたと明らかにしました。その後、公表された社内調査報告書では、2006~17年の間、役員らが現金や金貨、高額なスーツ仕立券などを受け取って
鉄道の車両は製造から30~40年が耐用年数の目安と言われていますが、なんと20年で早くも退役を迎える車両が出てきました。 名鉄1700系は当初1600系として3両編成で登場、運用の変更で2両編成に変更され、1両が既に廃車。残った2両は一部特別車として2200系4両とともに6両編成で活躍していました。 しかしシステムの違う異系との運用でトラブルが起き、やむなく廃止となってしまうようです。 Twitter上では「勿体ない」「改造せずにそのまま使用していれば」と惜しむ声も。
植物の組織を培養し、同一の遺伝子を持つ「クローン」を生成できる安価で簡便な仕組みを長崎南高(長崎市)の科学部が編み出した。決め手は「100均」の除菌スプレー。これ1本で、数百万円はする装置を代用するものができた。「必要は発明の母」。生徒たちはことわざを深くかみしめている。 「絶滅危惧種のナガサキギボウシを救いたい」。それが出発点だった。 ユリ科のナガサキギボウシがシカの食害や宅地開発で個体数を減らしていることを知った部員たちは、「理科室でクローンが作れれば、高校生でも絶滅危惧種を救える」との思いで2016年に研究をスタートした。 「壁」は高かった。カネだ。葉や茎の一部を切り取り、「カルス」と呼ばれる細胞の塊に成長させる過程では、無菌状態を約20日間維持しなければカビが発生してしまう。実際にクローンに成長させるには、さらに40日間を要する。ただ、無菌状態を作り出せる専門装置の価格は200万円
植物の組織を培養し、同一の遺伝子を持つ「クローン」を生成できる安価で簡便な仕組みを長崎南高(長崎市)の科学部が編み出した。決め手は「100均」の除菌スプレー。これ1本で、数百万円はする装置を代用するものができた。「必要は発明の母」。生徒たちはことわざを深くかみしめている。 「絶滅危惧種のナガサキギボウシを救いたい」。それが出発点だった。 ユリ科のナガサキギボウシがシカの食害や宅地開発で個体数を減らしていることを知った部員たちは、「理科室でクローンが作れれば、高校生でも絶滅危惧種を救える」との思いで2016年に研究をスタートした。 「壁」は高かった。カネだ。葉や茎の一部を切り取り、「カルス」と呼ばれる細胞の塊に成長させる過程では、無菌状態を約20日間維持しなければカビが発生してしまう。実際にクローンに成長させるには、さらに40日間を要する。ただ、無菌状態を作り出せる専門装置の価格は200万円
皇室ゆかりの京都と東京のつながりに焦点を当てた企画展「双京 京の夢、江戸の夢」が、京都市左京区の府立京都学・歴彩館で催されている。江戸時代以降の文書や絵図、写真など50点を基に、二都の街の移り変わりや役割の相違を明らかにする。 冒頭では、1626年に徳川将軍家が二条城(中京区)で後水尾天皇を迎えた行幸を記した「寛永行幸記」を紹介。近世の洛中洛外図に数多く描かれた一幕は、「徳川の天下」を世に知らしめる政治ショーでもあった。徳川家がこれらで政権基盤を固めると、政治や経済の中心は本拠・江戸へ移っていく。 江戸期の二都の名所図会は、対比を通じてにぎわいを増した江戸が1700年代後半には文化面でも興隆したさまを示す。幕末維新時に京は一時、政治の中心地となったが、重要文化財「京都府行政文書」をひもとくと、明治政府が事実上の東京遷都を着々と進めたことがうかがえる。 明治以降では、京都で行われた大正や昭和
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