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ブックマーク / yapou.club (8)

  • 彼らの相手をするには、おのずと「非常識な力」が強く求められることになる

    私が仕掛けた興行の数々。大物ミュージシャンやボクシング界のスーパースター、ネッシー、オリバー君、アラビア大魔法団といった連中はみな世間の常識の外にいる存在だ。 だから彼らの相手をするには、おのずと「非常識な力」が強く求められることになる。 −−− オリバー君の全国ツアーも終了し、また私は一時の休暇を楽しんでいた。気に入ったを読んだりしていたが、相変わらず常に頭の中は次のターゲットを探してフル回転していた。そんな時、当時人気急上昇中だったプロレスラーのアントニオ猪木から連絡が入った。真剣な声で相談したいことがある、と言うのだ。アントニオ猪木とは、その頃結婚していた女優の倍償美津子と一緒にペンシルバニアやフィラデルフィアにプロレスを見にいったりして懇意にしていたのだ。 久しぶりに会って事をしながら話を聞くと、彼は熱く「ある構想」を打ちあけてくれた。 「康さん、僕はモハメッド・アリと試合がし

    彼らの相手をするには、おのずと「非常識な力」が強く求められることになる
  • 呼び屋の風雲児、神彰との出会い

    私は神彰に接近するために、五月祭以来親しくしていた石原慎太郎に有吉佐和子を紹介してくれるよう頼んだ 昔、神彰という伝説的な興行師がいた。一九六〇年代に、ソ連のボリショイ・サーカスを始め、当時ではまだ珍しかった海外の呼び物を数多く催し、呼び屋の風雲児としてマスコミで話題になった人物である。仕事以外の面でも彼は人気作家である有吉佐和子と結婚したことでまた世間の注目を集めていた。 私の虚人としての歴史はこの神彰との関係から始まった。大学を卒業した私は、東大生なら保障されているような安定した道を選ぶことをしなかった。 プロデューサーとしてかかわった東大五月祭の成功で興行の世界に関心を持った私は神彰に近づき、神の参謀として虚業家・康芳夫の格的なスタートを切ったのである。それは何よりも神彰が私のプロデューサー像に近いものを持っていたからに他ならない。 私は神彰に接近するために、五月祭以来親しくしてい

    呼び屋の風雲児、神彰との出会い
  • 麻薬とジャズと大衆芸術(1):詩と思想 1974.11/No10 VOL.3 より

    麻薬とジャズと大衆芸術(1):康芳夫×木原啓允×関根弘(司会) 大使が保証すればよい・・・・・・ 関根 ぼくは、きようは司会者ですから、二人でやってもらえばいいんで、お願いします。 康君はさいきん「虚業家宣言」てを出してるけど、いっぱんに日人はまじめすぎるようだね。ホラを吹く精神というのが必要だ、詩の問題としても。あんまりこの、社会主義リアリズムではね、困るわけだ。抽象画の展覧会を、ロバのシッポだとかいって、ブルドーザーでかきまわしたりするなんてね(笑) ところで、ひいては芸術と麻薬といったようなことでお話しいただきたい。お二人は呼ぴ屋の仕事にかかわり合って、そのへんのところにもくわしいと思うので・・・・・・。 康 まあ、ぼくは木原さんのいたアート・フレンドに入れてもらったわけで、たしかにジャズはずいぶん呼びましたね。 関根 一番最初はアート・ブレイキーだったかな。ぼくが聞いたところで

    麻薬とジャズと大衆芸術(1):詩と思想 1974.11/No10 VOL.3 より
  • 虚業家宣言 official HP ヴァージョン連載を開始する

    小生メールマガジン『虚実皮膜の狭間=ネットの世界で「康芳夫」ノールール(Free!)』好評連載【虚業家宣言】official HP ヴァージョン連載を開始する(先行配信は小生メールマガジンにて)。 【虚業家宣言(1)】 第一章 プロローグ ◆来なかったのは『人民日報』だけ ニューヨークのマンハッタンを私が歩いている。例によって私の一番好きなピンクのチャイニーズ・ドレスを着て。すると、男たちがまといつきながらささやく声が耳に入ってくる。 「プリティ、ヴェリィ・プリティ」 「フーズ・ヒー?」 「ビッグマウス」 「アリズブレソド」 「チャイニーズ?」 「ノー、ジャパニーズ」 私は三十六歳。国籍は中国にある。中国人を父に、日人を母として生まれたハーフだ。 私が尊敬する東南アジア映画界の大立者・ランラソショー氏は、かつて新聞記者に、「あなたの財産はどのくらいあるか」と質問されたとき、「私は自分の財

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  • ロス五輪に割り込んだ”騒動師”康氏:スポーツニッポン(昭和57年8月4日)より抜粋

    交渉が凍結状態になっている二年後のロサンゼルスオリンピックの放送問題で、モスクワに続き一民放局が独占しそうと一部で報道され、関係者はびっくりしている。その”仕掛人”康芳夫氏(インターナショナル・スポーティング・アソシエイツ社代表)は「あるテレビ局の法的委任状を持っている」と発言、一方テレビ局側は「あり得ない話」と否定しているが、康氏といえば大物の呼び屋として、過去何度も話題を集めた人、ちょっとした”冷夏のミステリー”ふうな雲行きだ。

    ロス五輪に割り込んだ”騒動師”康氏:スポーツニッポン(昭和57年8月4日)より抜粋
  • 虚業家一代 康芳夫(1):ロス五輪「30年目の真実」上(日刊ゲンダイ、2014年(平成26年)2月11日より)

    虚業家一代 康芳夫(1):ロス五輪「30年目の真実」上(日刊ゲンダイ、2014年(平成26年)2月11日より) モハメド・アリの顧問弁護士を介してテレビ放映権を独占交渉 テレビはソチ五輪中継で盛り上がっているが、そのウラで広告代理店やテレビ局は6年後の東京五輪に向けて着々と動き出している。しかし、国際オリンピック委員会(IOC)の商業主義のもと、五輪の放映権料はうなぎ上り。08年の北京大会は198億円。12年のロンドン大会は325億円(10年バンクーバー冬季大会合む)。14年ソチ、16年リオの放映権料は2大会合わせて360億円と天井知らずだ。そんなカネまみれの商業五輪の草分けといわれるのが84年ロス大会。日テレビ局がIOCに支払った放映権料は当時で46億円だった。康氏はある民放テレビ局幹部から依頼を受け、放映権の独占契約を結ぶために舞台裏で暗躍していた。 「もう時効だろうけど、当時、テ

    虚業家一代 康芳夫(1):ロス五輪「30年目の真実」上(日刊ゲンダイ、2014年(平成26年)2月11日より)
  • 虚業家宣言(69):茅総長”バット殴打事件”の真相(1)

    問題は第三のAA諸国大使演説会である。AA諸国と銘打ったものの、私は初めから、呼ぶのはキューバ大使、ガーナ大使、インド大使の三人と決めていた。なかでも眼目はカストロ、ゲバラによって革命政権が成立したキューバ、それにアフリカの新興独立国の代表としてのガーナ、この二つだった。インドは、まあ、いわばアテ馬のようなものだ。 プランの段階で、許可を求めるため、茅総長に説明した。 「どんな国を呼ぶのかね」 「はあ、インドなどです・・・・・・」 私はキューバ、ガーナなどとは一言も言わなかった。茅総長はこの私のワナにまんまと引っかかってしまったのである。茅誠司という人物は他の学長などとくらべても数段、善人なのだが、善人過ぎるというのも、時として困りものである。 一週間過ぎた。五月祭のプログラムが印刷されてきた。ほどなく茅総長が慌てて企画委員会に駆けつけて来た。 「キューバは困る」 と、言うのだ。 学内はま

    虚業家宣言(69):茅総長”バット殴打事件”の真相(1)
  • アミン大統領 VS 猪木 レフェリーはアリ:スポーツニッポン(昭和54年1月26日)より抜粋

    仕掛け人は”例の”康芳夫氏:スポーツニッポン(昭和54年1月26日)より抜粋 ウガンダのアミン大統領 VS アントニオ猪木の「世界格闘技選手権」という奇想天外なイベントを発表する康芳夫氏と猪木 ウガンダのアミン大統領 VS アントニオ猪木---”夢の世界格闘技選手権試合”の発表が二十五日、東京・新宿の京王プラザホテルで行われたが、そこにまたまた現れたのが”仕掛け人”の康芳夫氏。康氏は過去、武道館でアリ-フォスター戦を実現したかと思うと、空手家とトラの決闘を仕組んでお流れになったりの、あの呼び屋。今回も”選手”がアフリカの”怪物”アミン大統領と猪木、そしてレフェリーがムハマド・アリとくれば、何やら”ホラ吹き四人衆”のそろいぶみといった感じがしないでもない。 会見で康氏は、ユーモアのつもりか「この試合はナゾに満ちているので、常識は当てはまらない」と、集まった七十人ほどの報道陣をけん制した。

    アミン大統領 VS 猪木 レフェリーはアリ:スポーツニッポン(昭和54年1月26日)より抜粋
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