カルト的支持も一部にあるディック晩年の問題作『ヴァリス』が新訳された。大瀧啓裕の手による旧訳にくらべ、こんかいの山形浩生訳は語り手「ぼく」の言葉づかいがずいぶんくだけており、ところどころにユーモアや皮肉がにじむ。 たとえば、〔前に精神科医に、治るには二つのことをしなきゃいけないよ、と言われた。ヤクをやめること(やめてなかった)、そして人を助けようとするのをやめること(いまでも人を助けようとしていた)〕といった具合。 喋り言葉の勢いもよく活かされている。〔これに対してぼくは個人的にこう言いたくてたまらない。ファット、そりゃテメーの話だろ、と〕 後者の引用で「ぼく」がツッこんでいる相手(ファット)とは、じつは「ぼく自身」だ。『ヴァリス』は自伝的作品だが、"必要不可欠な客観性を得るべく"三人称の主人公ホースラヴァー・ファットが設定されている。しかし、その"客観性"を宣しているのは「ぼく」自身なの