2018年4月20日のブックマーク (1件)

  • ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」から題材を得て誕生した中森明菜の「少女A」

    中森明菜のセカンド・シングルとして「少女A」が世に出て注目を集めたのは、1982年7月28日のことだった。 広告業界でコピーライターとして働きながら作詞の仕事を始めた売野雅勇は、まだ駆け出しの身であったが、アンテナ感度の鋭い大瀧詠一などから注目を集めていた。 同じ年の2月に発売された『機動戦士ガンダムⅢ』 の主題歌「めぐりあい」は、売野の才能にいち早く気づいた作曲家の井上忠夫が自分で歌って、初のヒットをもたらしてくれた。 売野はその頃に作詞家として契約していた事務所で、スタッフから1枚のチラシを渡されてこう言われた。 ともかく目立つものを書いて下さい。前に書いた、シャネルズだって、河合夕子だって、普通じゃないですから。自分が面白がって書いたら、いい作品になると思います。 ワーナー・パイオニアが力を入れて売り出していた新人の中森明菜は16歳、売野はひとまずコンペ用に作品を書いてみることにした

    ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画「ヴェニスに死す」から題材を得て誕生した中森明菜の「少女A」
    gosan503
    gosan503 2018/04/20
    この1曲によって80年代の歌謡曲シーンの情勢が、一気に変わったという印象がありました。はっきりした主役交代だったと思います。