ブックマーク / sindou.hatenablog.jp (7)

  • 夜走るのが楽しい - 理由のない激しい震動

    帰宅してすぐスーツを脱いでTシャツと短パンに着替えランニングシューズを装着した。ドアを開けると外は夜。星々と月。空気はひんやりしていて幻想的な生き物が建物の隙間からニュッと出てきてもおかしくはない。ランニングシューズのゴム底は神秘的なまでに柔らかで、歩くたびにたい焼き踏んづけているみたい。階段をすっすと降りる。暗がりから蛾が飛び出してきてちょっとカンフーみたいな動きになる。路地をもさもさ走りながら時計を確認すると18時で、帰宅予定時刻は19時。久しぶりに夜を走る。上手く走れるだろうか。 耳にはめたイヤホンからはジャズとなんかのクロスオーバーが流れていて、川の向こうの夜景によく合う。街灯の無い土手は月明かり以外の光が無い。土手の下に降りる階段にもっこりした暗い影が動いた。だと思ってよくよく見てみると何もない。の残像である。頭上を高速で飛んでいくのはコウモリで、月をバックに何を吸血しにいく

    夜走るのが楽しい - 理由のない激しい震動
    gotty131
    gotty131 2019/11/07
  • 月曜日 - 理由のない激しい震動

    月曜日が休みの日は映画を見に行くことにしている。 風呂に入って体を清め、服を着て外に出ると、まるでうららかな春がやってきたような明るい日差しが地上を照らしていて、半袖を着ていてよかったなあと思うのだけれども、季節感の全くない格好をしていると、やはり町の人々からは浮上してしまい、謎感が萌芽し、石の裏に潜んでいる地虫の如き存在感の(希薄な)僕ですら衆目を集める結果になれども、そのことにいささかの抵抗感や羞恥感を抱いた際、「半袖だっていいではないか、11月でも20℃あるんだもんッ!!」と心のマントラを唱え自己の怠慢を(あるいは暑がりの身を)正当化する試みは、バスに乗ってどぅるどぅる揺られる頃にはもう完全に忘れ去られていた。 バスの車窓からの光はきらきらしており、そのきらびやかの中に視線を据えて呆としているとよい気分だ。温泉でもないのにぬる湯に浸かっておるようだ光の、さらさらと皮膚の上を滑ってゆく

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    gotty131 2019/11/05
  • 新しい本屋さんを現す - 理由のない激しい震動

    夜、訪れたことがない屋さんの看板が白く赤く灯っている、矢印は左向きで、ビルの中に吸い込まれている。威圧感のあるビルの、トンマナ合わせた格好と感性を、僕は持ち合わせていない。ポケットの中のスマートフォンは、なんだか埃っぽいし、髪の毛も照ってはいない。もしビルの中に頭突きコミュニケーションが得意なヤギがいれば、あるいは20匹のカエルが喉を膨らませていれば、僕は赦されたような気持ちになっただろうに、東京のビルは人の巣であることが息苦しい、それはなぜかと考えると、やはりいちばん恐ろしい最強の動物だからだった。 ビルを指している白赤の看板に導かれるままに、屋さんを尋ねることにする時、通行許可証を持っていないから、すこし緊張している。新しい場所をたずねることは、自分の居場所を広げることだけれども、世界を狭める行いだ。宇宙は果てしなく広いけれど、宇宙のマップに進むためには、人類のレベルが低すぎるから

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    gotty131 2019/09/06
  • 社会生活 - 理由のない激しい震動

    電車に乗って仕事に行く。 最近はまあまあ涼しいことが多かったので油断していたけれど、今日は暑かった。 車内の冷房がなければ、干からびて即身仏に変身していたことだろう。 通勤中は、いつもスマートフォンでを読んでいるけれど、夏目漱石のこころを少し読んだ。 こころの冒頭付近は、なんというか、全然面白いことが書いてあらない。 けれどなんでだか面白い感じがする。それはなんでだろうなあと思った。 会社に着いてからは、仕事をした。 T先輩が隣に座っていて「佐々木希を知らないなんて、ししみさんやばいよ」と言った。 誰なんだろう。僕はやばいのだろうか。きっとやばいんだろう。 完全に当てずっぽうで「杉浦太陽さんと結婚した人ですよね」と言ってみたら、 「それは辻希美だよ。ぜんぜん知らないじゃない」と言われたので、笑ってしまった。 どうして自分と全く関係のない人たちの結婚相手を覚えられるのだろう。 僕にはすごく

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    gotty131 2019/08/30
  • 一人言 - 理由のない激しい震動

    一日に映画約8時間見たのち、生茶を飲みながらふと一人言について考えている。 一人言を言う人は、僕はあんまり好きではないけれど、考えてみると自身ごくたまに口にするようで、例えば駅のホームがなんだかやたら暑い時「うっ、暑い」と小さな声で言っているのを自覚する。それはすぐに忘れてしまうことだし、誰に話しかけているわけでもないから印象にも残らないけれど確かに言うことは言っているし、そういう一人で口にするとっさの言葉って、なぜだか負の感情を表現することが多い気がした。 「疲れたなあ」とか、「遅いなあ」とか、「またかあ」など。 おそらくそういう種類の一人言を「ぼやき」というのだろうな。会社でミスしたときなんかは先輩でも「あっ、やっちゃった!」とか「やばいミスった!」とかいう人が多い。それはそれで自分の状況を周囲に伝える効果もあると思うので、僕はあんまり気にしない。 つい先日、このぼやきの達人を街角

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    gotty131 2019/08/22
  • さぼてん - 理由のない激しい震動

    フラットでありたいと思う時、心が山の上にいるのかもしれない、あるいは谷の底にあるのかもしれない、山の上にいる時の景色は空ばかりで何もない、見渡す限リの景色はみな遠く、さびしさがあるかもしれない、あるいは谷の底にあるときの景色は全部見上げるばかりの壁であり、見渡す限り見るべきものがみな近い、近すぎる、と思うかもしれないからフラットという海抜0メートルの空と地面の中間地点に立つサボテンに憧れることがある。 サボテンは何を見ているだろうか、空を見ているだろうか、それとも地面を見ているだろうか、そろそろ雨降らないかな、と思えば空を見るだろうし、地面に蟻が歩いていたら、地面を見るかもしれないし、地平線の彼方にバッファローの群れをみつけているかもしれないし、それでもいつも万歳しているし、万歳しているサボテンは、全然かっこよくはないから、全然かっこよくないのにずっと万歳しているサボテンはかっこよかった。

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    gotty131 2019/08/20
  • 南の島 - 理由のない激しい震動

    南の島に行こうと思った。 南の島についてからは、空港で借りた原動機付き自転車に乗って移動した。 はじめて運転する乗り物だったので、間違いなく死ぬと思った。 ブレーキすると体が前につんのめるし、アクセルを開けると体が後ろに引っ張られて腕がびーんとなる。体のすぐ横を通り過ぎていく全ての車に悪意を感じた。景色を見ている余裕もなかった。 1時間ほど人気のない道を運転していると、だんだん体が慣れてきた。 アクセルを開けること、アクセルを戻すこと。ブレーキをかけること、足を地面につくこと。 ひとつひとつの動作に落ち着きが出てくる。そのうちまわりが見えてくる。 緑色にひかる丘の上に真っ黒な牛が集まっている。漫画みたいなまんまるな山がこちらに迫ってくるみたい。海はおどろくほど青くて広くてうつくしい。飛べない鳥が駆け足で道を横切る。手のひらサイズの蛾が顔面に飛んでくる。小さなワシが翼をいっぱいに広げて滑空し

    南の島 - 理由のない激しい震動
    gotty131
    gotty131 2019/08/19
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