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2018年6月3日のブックマーク (2件)

  • 92歳の橋田壽賀子が語る「わたしの理想の死にかた」 | 文春オンライン

    死期に備え準備、活動する“終活”。近年書籍などではよく論じられるが、家族間で死について語ることはいまだタブー視されがちである。安楽死とは何を指すか、安楽死を悪用させないための仕組みづくりをどうするか。自身も安楽死を望む橋田壽賀子さんの提言。(出典:文藝春秋オピニオン 2018年の論点100) 自分で判断ができるうちに、死ななければ 私が安楽死を望むのには、私なりの理由があります。もうじゅうぶんに生きて、仕事はやり過ぎるほどやったし、世界中の行きたい場所へ行ったし、思い残すことは何もない。夫には30年近く前に先立たれ、子どもはなく、親しい友人もいない。天涯孤独の身だから、長く生きて欲しいと望んでくれる人もなく、あの人のために生きていたいと願う相手もいない。これ以上生きていても、世の中の役に立たない。 役に立たなくても元気でいて、他人に迷惑をかけないうちはいいのです。ところが私は92歳。いまは

    92歳の橋田壽賀子が語る「わたしの理想の死にかた」 | 文春オンライン
    guldeen
    guldeen 2018/06/03
    『老いた自分のせいで、社会へ迷惑を掛けたくない』というのは、楢山節考でも描かれた悩ましい点。ただ、橋田さんのドラマ台本などは貴重な資料なので、それは遺してほしい。
  • 「一発屋」を消費してきたすべての人に山田ルイ53世が伝えたいこと(石戸 諭) @gendai_biz

    『一発屋芸人列伝』。「雑誌ジャーナリズム賞」の受賞作であり、一発屋芸人にインタビューを重ねたこのを貫くのは著者の強烈な「義侠心」である。辞書的に言えば「正義のために弱い者を助けようとする心」(日国語大辞典)にあふれている。 著者、「髭男爵」山田ルイ53世は「ルネッサーンス!」で一世を風靡した一発屋芸人である。彼の義侠心はどこに向かうのか。 それは一瞬で消費され、世間を笑わせるのではなく、世間から笑われる対象になってしまった同じ「一発屋芸人」だ。より正確には、一発屋の生き方であり、芸の技術を世間の嘲笑や蔑みから助けだそうと試みている。 一発屋についてまわるのは「どうせ……」という言葉だ。「どうせ、芸も考えも浅はか」「どうせ今も大したことをしていないんでしょ」に抗いながら、山田ルイ53世は読者に問う。 一発屋を弱い者と扱い、「どうせ……」で切り捨てていいのか?と……。 (取材・文:石戸諭/

    「一発屋」を消費してきたすべての人に山田ルイ53世が伝えたいこと(石戸 諭) @gendai_biz