視点を変えて、休暇を取る人間の「自我」のあり方に着目すると、「休暇の取れない日本」の説明が、ある程度つくかもしれない。 ドイツは19世紀の産業化で、都市化がぐっと進むが、このとき「労働者」という階層ができた。それは時間を労働の単位としてみる感覚をつくる。労働者たちは周辺の村から都市へやってきたが、地縁血縁という前近代的なしがらみから離れることになり、人間の位置づけもそのものが「個人」という単位が強くなったといわれる。また、並行して「個人」という考え方を精緻化する哲学分野の「知」も政治・社会に大きく影響してきた。 結果的に、ドイツでは「自分の人生は自分で構築する」という「自己決定」の人生観が広がったとみられる。これは同時に他者の自己決定を尊重すべきということだ。 そうなると、全人生のなかで仕事はあくまでも一部分であり、人生のために「健康」や「生活の質」という考え方も生まれ、「労働=自分の時間