宗教Bokeh from thousands of candles at a candlelight vigil for the victims of the Tianmen Square Massacre ある団体を批判することはその構成員を批判することである。例えば日本共産党を批判することはその構成員たる日本共産党員を批判することに他ならない。「私は共産党を批判するが共産党員を批判しているわけではない」という主張は詭弁に過ぎない。団体批判とはその構成員の振る舞いを見て成立するのだから当然だろう。 ところが昨年の7月8日以降の旧統一教会報道ではこの「当然」が全く無視されている。本来分けられない旧統一教会とその信者が分けられ旧統一教会批判は信者への攻撃とみなされない、それどころか「信者の救済」に繋がるとすらみなされている。 よく報道される旧統一教会へ献金をした信者は自動的に「被害者」扱いだ
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