〔鄭栄桓『忘却のための「和解」』について〕 本書には、確かに朴裕河氏が言うように、数多くの「誤読」「曲解」がある。私が気づいたそのいくつかを提示したいが、全体の3分の2ほど読んだところで読むのを止めてしまった。何ものをも証明せず、ひたすら恣意的な読み替えで『帝国の慰安婦』を批判する本書に、これ以上読み続ける意味が見出せなくなったからである。したがって、本投稿は中途半端なものとなってしまったが、自分自身の備忘ということもあり、投稿することにした。 【略記号等】 1)最初のページ番号は、本書のページ番号。 2)≫で始まる部分は、本書掲載の、鄭氏による『帝国の慰安婦』の引用。 3)(帝、P.135)の「帝」は『帝国の慰安婦』を、(忘、P.46)の「忘」は『忘却のための「和解」』を指す。 4)>で始まる部分は、本書の地の文(鄭氏の文)。 5)――で始まる部分は、私の文(コメント)。 6)「Soh」