朴裕河を弁護する 四方田犬彦 1 比較文学は人文科学の領域にあって、ひどく効率の悪い学問である。 まず自国語のみならず、複数の外国語に精通していなければならない。少なくとも自在にそのテクストを読み、学会の場で意見交換ができなればならない。自国語で書かれたテクストだけを、自国の文脈の内側だけで解釈する作業と比較するならば、はるかに時間と労力、そして情熱が必要とされる。にもかかわらず、人はどうして比較文学なる分野に魅惑され、それを研究することを志すのだろうか。比較文学は人に何を与えてくれるのだろうか。 ごく簡単にいう。それは人をして(政治的にも、文化的にも)ナショナリスムの頚城から解放するという効用をもっている。『源氏物語』の巻名である「総角(あげまき)」の一語が、韓国で未婚男子を示すチョンガーと書記において同じだと知るならば、人は日本でしばしば口にされている文化純粋主義なるものが、稚拙な神話