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ブックマーク / koukandou.hatenadiary.org (7)

  • あんパンなんていらない。(Ver.Unteazated) - 浩瀚堂粋記集

    別館の方で宮台真司氏が赤木論文に寄せた コメントをあまりに凡庸過ぎると評した所、 このようなトラックバックを頂いた。 http://d.hatena.ne.jp/kuriyamakouji/20071113/p1 ここで展開されている論争や立場への不信感が、 『Something Orange』というブログの 「アイデンティティなんていらない。」 http://d.hatena.ne.jp/kaien/20071116/p1 というエントリの内容に通じるものがあるように思えたので、 後者のエントリを軸に論理や倫理、 個人や集団の問題について論じたい。 ●実存主義と社会的承認 コメント欄にも指摘があったが、 海燕氏の「アイデンティティ」は 定義が少々曖昧過ぎる。 社会科学や人文科学において キーとなる概念の定義付けは重要である。 何故なら論理の前提や根を成すからだ。 定義が曖昧だとどうして

    あんパンなんていらない。(Ver.Unteazated) - 浩瀚堂粋記集
    hajic
    hajic 2007/11/18
     「俺は俺だと言い切るのは良いけど、じゃあお前って何よ」。いつもながら人気の出なさそうなエントリー。大好きです
  • 「決断主義」なるものの再検討(5) - 浩瀚堂粋記集

    ◎追記 思いのほか長文になってしまったので、 読み易いように二種類の小見出しを使い、 小題を目次風に記しておく。 ◎前書――「傷口に劇薬を。」 ◎現代における精神の様相 ●「Anti-intellectualism」 ●「教養」の困難さ ●「文化」と「様式」 ◎「倫理」の意味と質 ●「制度言語」と倫理 ●同調圧力と倫理 ●共同体と倫理 ◎現代の精神の病症 ●コップの中の嵐と安楽への逃避 ●あれもこれも ●馬鹿は死ななきゃ治らない ◎筆のすさび――「箸」と「筆」 ◎前書――「傷口に劇薬を。」 この続き物の論考もこれで終りにしようと思う。 番号を振っているもののほか、 その前の2のエントリから内容的に続いていると言えるので、 これで7目のエントリとなる。 まとめ的に概略を記しても良かったが、 7通しで読んでいるのは少数であろうから、 まとめと言うよりも補遺的な内容を記したい。 もちろん

    「決断主義」なるものの再検討(5) - 浩瀚堂粋記集
    hajic
    hajic 2007/09/01
     そして長文は読んで貰えない
  • 浩瀚堂粋記集 - 時代状況と思想について - 「ゼロ年代の想像力」に寄せて

    今日の著作家は長い間研究してきたテーマについて書こうとペンをとる際に、次のようなことを念頭に置いておくべきである。つまり、そうした問題について一度も考えたことのない普通の読者がたとえ彼の著作を読むにしても、それは彼から何か学ぼうとするために読むのではなく、その反対に、その読者が詰め込んでいる凡俗な知識とい違うところを見つけたら、著者を断罪しようとして読むのであると。……現代の特徴は、凡俗な人間が、自分が凡俗であるのを知りながら、敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆる所で押し通そうとするところにある。……全ての人と同じでない者、全ての人と同じように考えない者は、締め出される危険にさらされているのだ。……以上が、残酷な姿を隠さずに描いた現代の恐るべき事実である。 オルテガ・イ・ガセット『大衆の反逆』ちくま学芸文庫 先日、さして大した意図もなく 「ゼロ年代の想像力」という言葉を用い

    浩瀚堂粋記集 - 時代状況と思想について - 「ゼロ年代の想像力」に寄せて
    hajic
    hajic 2007/07/09
      「「決断主義」というのは正当化を必要としていない。成功すれば、ちょびひげ総統が生まれ、失敗すれば、ミュンヘン一揆となるのである。」
  • 福田恒存 D・H・ロレンス『黙示録論』 - 浩瀚堂粋記集

    我輩はこの頃一つの命題に引きつけられている。 それは「誠実」という名の呪縛についてだ。 今日のネットの正義漢をなどもそうだが、 彼らは誠実さに突き動かされ、 他者を誠実さで突き立てるのだ。 ところが彼ら自身その誠実さの奴隷となっている事に気が付いていない。 個性というのもまたそうだ。 自身に忠実であろうという「誠実」さに惑わされている。 これらは誠実さのピューリズム(純化)と呼んでも良いだろう。 思想というものに触れ続けて思う事は、 知的である事、理性的である事の難しさだ。 これは当に難しい。 人々は理知的である事よりも、 誠実である事を求めてくる。 彼らの理想や希望に忠誠を誓わされるのだ。 いや、理知的である事、 これすらもある意味では誠実さの呪縛に囚われている。 理性に我々は屈服され服従を強要されているのだ。 人々はひたすら自由からの逃亡を図り、 誠実に従属する道を歩んでいる。 哲学

    福田恒存 D・H・ロレンス『黙示録論』 - 浩瀚堂粋記集
    hajic
    hajic 2007/05/19
     一人
  • mixiにおける(擬似)社会の観察 - 浩瀚堂粋記集

    昨年はソーシャル・ネットワーキング・サービス(略称SNS)の「mixi(ミクシィ)」を巡るニュースや事件が相次いだ。それらの多くは世情を騒がすような大ニュースではなかったのだが、世人の大きな関心を買ったと言う意味では重大であった。一種のネズミ講のように成員を増やすこのシステムは無料サービスである事も手伝ってか、加速度的に加入者を増やし、現在では数百万人とも言われる利用者が存在している。現代の都市が過密化によって諸々の問題を発生させたように、一見無限の空間が広がっているかのように思えるインターネットの公共的な空間(コモンズ)でも増え過ぎた事による病症が見られるようになった。 例えば、三洋電機の社員が利用していたパソコンでファイル交換ソフト「ウィニー」を使用していたところ、ウィルスに感染し、業務資料の他、恋人の猥褻な画像が外部に流出する事件が起こった。ここまではそれまでの情報流出事件と大差が無

    mixiにおける(擬似)社会の観察 - 浩瀚堂粋記集
    hajic
    hajic 2007/04/19
  • 岩波文庫80周年 - 浩瀚堂粋記集

    我ながら大仰なタイトルだが、 半分冗談、半分気。 まあ、気軽に流し読みして欲しい。 我輩も読書の合間のストレッチ程度に書いている。 さて、岩波文庫が80周年とやらで 創刊時のラインナップを復刊していたのだが、 あんなもの文献学者的好事家以外に誰が買うと言うのだろう。 少なくとも我輩はまず買わない。 かつて「岩波文化人」という言葉があった事を、 今の若い人々はご存じないだろう。 物好きな読書家の中には過去の記憶として それを覚えていらっしゃるかもしれないが、 もはや遠い昨日の世界であろう。 左翼知識人にとって昭和の冷戦期は、 『世界』などが世論に影響を与える事が出来た輝ける時代であった。 およそ精神や思想の歴史を知ろうとすると、 どうしても書かれた事に印刷された物に頼らざるを得ない。 しかし、まこと逆説的であるが、 理論家が沈黙するのはその説が滅びたからではなく、 その説が現実に生き始めた

    岩波文庫80周年 - 浩瀚堂粋記集
    hajic
    hajic 2007/02/21
    書かれたことと書かれなかったこと。
  • 浩瀚堂粋記集

    ●前書 論及び三編の考察は、先の二編に比べると抽象的な考察ではなく、具体的な事柄や言説に色々と言及するために、最初にどういったことに触れるのかまとめておく。論「統合と主権」ではヨーロッパにおける中央集権化の歴史を概説し、近代国家が齎した利点を指摘する。つまり、国家なくして市民社会は近代的足り得ないことである。「主権と契約」では所謂“契約説”の論者について概説する。一括りにされやすいホッブズ、ロック、ルソーらの思想の違いを説明しつつ、その問題点について大雑把に述べておきたい。加えて“契約説”の根幹概念である“主権”において、ホッブズから今日に至るまで、論理の飛躍点があることを指摘おきたい。つまり、“人民主権”と“国民主権”の違い、“国家形成の契機”と“統治権力の正当化”の違い、それらの論理的整合性の問題などである。これらの問題から、“契約説”を超えるフィクションが必要であると考えているの

    浩瀚堂粋記集
    hajic
    hajic 2006/09/14
    「思索とは直観された真理の抽象化の過程であり、読者はそのたった一つの真理のために、泥水を飲み込み、自ら上澄みを抽出するのである」書いてあるものと書きたいものは同じではないので読者は少しは頭を使うこと。
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